おまけ 主催視点の菊大路万里



菊大路万里についての主催の解釈


 父親の勘違いで、はたまた三光のせいで一生残る傷を負ってしまった菊大路万里は他の人と違う外見になってしまいました。外面的な傷を負うだけでなく三光の家系の人間と自分を天秤にかけた時、父は三光を選びました。

そういった意味では親からの無償の愛を受けることができなかったため大きな心の傷となり、そこから徐々に彼の中でも他者に対しての愛情のあり方が歪んでいったのかもしれません。

万里くんは表面上はノリが良く、名家とも積極的に交流もあり、代々続く酒蔵やそれに伴う販売で多くの市民と関わってきました。多くの守護者や関係者が彼の明るさに救われたり、心が温かくなったかもしれません。

それも彼にとっては絶望をさらに甘美なものにするためのリップサービスだったのかもしれません。

(主催はそう思いながらシナリオ打っていました。)


進行三話、第六戦Aにて

「住宅地ってさすがに範囲が曖昧すぎ~もうちょっと働いてよね桜ノ宮神社ー!」

・・・とわざわざ陽子を失ったばかりの総一の反応を見たり、

"目の前で一つの命が消えてゆく。

ふと背後から光をさえぎって、影が差す。ゆらゆらとその影は揺れていた。

背後で痛みを忘れ立ち尽くす万里も表情は見えないものの泣いていたのだろう。

この描写でも総一が弓を射ることができなかった怒りや、美志の死に動揺して泣いていたわけでなく、この後総一がどんな表情を見せるのか喜びと期待で笑いそうになるのを抑え込んでいたためでした。


 彼の根本には不条理とそれに対する怒りに満ちたものが存在しています。

きょんさんの設定から"傷を負う人、名家の序列の中で低い地位にある人に純粋な「愛しさ」を感じる"とあり、身分の差は埋められないため、 無意識から欠損させて"お揃い"であるという共通点を持ちたかったのかなと思っております。 本当の自分を理解してくれる仲間を強く求めていたのかもしれません。

守護者戦は三人一組を基本とし命を預ける味方でもあります。しかし味方を渇望する彼にとって三人組は本当の味方ではなかったあたりも企画の趣旨の中でぐっとくる内容でした。


そんな中で100年の時を経て復活し姿を現した九戯里の甘言に乗ってしまいます。

九戯里こそ本来の万里くんの欲望や人格を見抜いて純粋な復讐ではなく望みを叶える手伝いを申し出たのかもしれません。

九戯里については100年この時を待っていましたが、各守護者の幼少期から見守っていました。

熛炬くんへとどめをさす際も、一問答をするあたり彼もまた人の子だったのです。


万里くんの願いは表向きは三光への復讐だったかもしれませんが、孤独や疎外感から自分の憧れに自分を一人の人として認めてほしいという渇望からかと考えていました。  




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