進行5話-前編 

「闇の中」


第十一戦A (一、五、八、九の守護者)
場所:場所:落花市中央 武道場
視点:美菖蒲 葛など 


 視点:美菖蒲葛

 今でもあの朝桐とかいう不愉快な男の声がびったりと耳にへばりついている。

名家の人間と括られた奴らの人間性にはほとほと呆れて声も出ないことが多かったが・・・ここまでとは。

「今回はお迎えに上がりました」

そう言ってあやめの湯の駐車場に律儀に車を停めて待っていたのは朝桐だった。

車内を除くと仏頂面ですでに男三人が大きめの車に詰め込まれていた。

熛炬でさえ外を睨むように考え事をしているようじゃったし、総一についてはずっと何かお守りのようなものを握っているわで「ここまで来てしまえば神頼みもわからんでもないが...」と同情してしまう。

唯一菊大路だけが「この空気何とかして~」と焦った顔でこちらを見ていた。

ため息をつきながら車内へ残った席に座る。

「シートベルト付けました? それじゃあ!地獄への片道ルートへ!しゅっぱーつ!」

と言いながらアクセルを踏んでいたあいつの後頭部を熛炬が座席越しに思い切り殴った。ナイスじゃ...

その後も不謹慎かつ不愉快なジョークを並べながら、今回の異形についての情報共有が始まった。


 薙刀を扱う人型の異形は動きは人間並みとはいっても熟練の薙刀捌きのようだ。

扱う武器も含め一撃一撃が重いことが予想された。近接戦闘の葛、万里の立ち回りに期待したいものだが、万里は動きを止めることに集中すべきで防御まで手が回らないのは明白。動きを封じることを期待できても間合いを取られた時に守る術がないため一番危険である。葛に関しては連撃を繰り出す戦闘スタイルの為、かなり近くまで接近する必要がある。こちらも同様に防御の手立てがない。

異形が薙刀を振り回して近づけないよう警戒しようものなら、なかなか攻撃まで持ち込むことは難しい。

何か攻撃の案を出す度に朝桐はすかさず「そうなると~」と異形の特性と照らし合わせ戦術を柔軟に組み立てていった。

口を開けば一言二言で場の空気を一瞬で重くさせるような不謹慎ジョークが流れるように出るのだ。正しい方に脳みそを使えば心強い参謀だ。頭脳明晰であり頭の回転も異常に速いことはよくわかった。

「音で反応されそうなんで、やっぱり頼りは総一さんの弓ですかね~」

三列シートの後ろで作戦に対し相槌を打つだけだった総一に朝桐は変化球を投げていた。

「え、僕?」

「たしかに!総様の弓なら音を悟られる前に相手に攻撃できるし、距離も保てる!」

素直に感嘆する万里は今までのことで精神的には崩れかけの総一でもどうにか弓を握る覚悟ができていることを察して鼓舞するためにも明るく元気づけた。

「わかった・・・」

ぐっと再びお守りを握ったのを目の端で葛だけがとらえていた。


「本日の戦闘場所はこちらになります~」

武道場だった。

「無形堂」と書かれた看板の奥、柔道、剣道、弓道3つの道場からなる武道場だ。歴史ある建物は木造平屋建ての切妻造りの桟瓦葺きの建物で落花市の誇る歴史的建造物の一つである。

「懐かしいですね。陽子嬢や総一さん、いろいろなお子さんがここで鍛錬を積んでいました。僕もいたんですけどね。眼中になかったでしょうけど。」

案内の終わった朝桐は一礼した。

「それでは、皆様 ―――ご武運を。」

葛も何度か剣の腕を磨くためにも勧められたが、拒んだ場所でもあった。主屋は剣道場と柔道場となっており、その奥に今回の異形は堂々と座っていた。

葛を制し、総一が先頭をきった。

「"其の必ず趨くところに出て、其の意わざるところに趨き、千里を行きて労れざる者は、無人の地を行けばなり"って子どもながらによくわからなかったよ。攻撃の上手い者の対峙すると、敵はどこを守れば良いのか分からない。守りが上手い者ならば、敵はどこから攻めれば良いのか分からない。確実に相手の弱点≪虚≫を見抜いて有利になるようコントロールせよって...よく言われたよ。」

思い出を語るように滑らかな語り口で静かな道場内に総一の声のみが響く。

「今の俺は弱点しかない。最弱の兵だね。」

――み吉野の 高嶺の桜 散りにけり 嵐も白き春のあけぼの ――

普段、聞いていた歌と違うものを詠んだ総一の手元には弓と矢筒ではなく薙刀が顕現された。

顕現された淡い桜色の薙刀に視線を落としぎゅっと持ち手の部分を握る。

「君のおかげで僕は道を見つけられた気がするんだ。汚く腐敗したこの狭い世界を、光月家や名家の縛りをきっと断ち切れる。それは折れてしまうような一本の矢で道を示すのではなく、自らの手でこの刃で全てを薙ぎ払うくらいの力強さがちょうどいい。」

周りも作戦無視の展開に焦り、各々が換装をしていった。

「総様・・・!」

一人で歩を進める総一を万里は止めようとした。

「大丈夫。こいつは一対一でしか戦いを受けないみたいだ。ならば、相手は僕だよ。」

一人で戦わせろ。そう強く言われたような言葉の重みに。誰もがその場で見守っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 

視点:???

 美しくも力強い太刀筋と、攻めようのない隙の無い守りに異形の方が押され気味だった。

「見事じゃ。光月の。」

葛は感動さえ覚えているようだった。


葛は瞬きも許されないような一対一の真剣勝負に賛辞の言葉を並べつつも、歯を食いしばって苦しそうな表情をしていた。押さえつけるように肩をかき抱き、ぎりぎりと自分の肩に爪が食い込むほどに...。まるで身体の中にいる"別の何か"を押さえつけるかのようだった。

「ああ、だめだ...だめだ!」ぶつぶつと地鳴りのような低い声で呟いている。

「つづ?」

様子がおかしい葛にぎょっとした後、万里は不安そうに葛の肩へ手を伸ばす。

しかし、その手は振り払われ、食いしばる歯の間からは呼吸が漏れ出していた。


「消えろぉ。小僧。あきらめて・・・俺に渡せ。」


いくら優勢だとはいっても一瞬でも気を抜けば、命の保証はない。そんな緊張感で陽子が握っていたはずの薙刀を振るう。どうにかして隙を見出そうと攻め続けていたが、不意に邪魔が入る。


「なあ、俺も戦わせてはくれないかのお?」

そう言って間に入ったのは葛だった。正確には葛のような何かだ。

普段の葛も相当に横暴な部分があれど、陽子とのことを知っているから黙ってこの戦いを見ているはずだ。しかし彼の目は爛々とし、強い相手と闘える戦闘狂じみた不気味な雰囲気しか宿っていない。

「邪魔じゃ!どけぇ!!」

後ろから総一を押し退けて、異形の間合いに入る。

その苛烈さは鬼神のごとく。総一以上の間の詰め方で何度も異形に斬りかかった。


異形は葛が参戦することに慄き一瞬の隙ができた。

総一はどうにか、状況を判断しようと後ろへ飛び間合いを稼ぐことができた。

 

動揺を見せたもののこの異形は強かった。しかし葛のような”何か”は異形をはるかに凌駕しているようだった。

異形の胴体を何度か切り付けた後、満足げに笑う。

「・・・ああ、ようやっと、この身体がこの刀に馴染んできた。案外しぶとかったのお...葛よ。」

ふと振り返る。

様子をうかがっていた総一へ向き直ると

「さすれば・・・貴様にも用はない。この落花集落もそろそろ終わりが見えておるし・・・。」


きらりと刀が総一の喉元を狙い振り下ろされる。・・・がそれは叶わなかった。

「・・・!なんだかよくわかんないんだけど!総様が危ない時は俺の出番でしょ!」

咄嗟に葛の動きを封じる万里。


「万里!僕のことはいいから!下がって!!」

「それは無理! なあ、つづ...どうしちまったんだよ!仲間割れなんてこんな時に!」

ひどく冷めた目をした葛は動きを封じている縄を切ろうともがいている。


その瞬間、しぶとくまだ息のあった異形の薙刀は葛を一突きした。

総一が異形の攻撃態勢を見て異形に刃先を深く突き刺すまでの一瞬の隙で葛へ刃は沈み込む。

「がっ・・・」

刀が葛の手から離れると、信じられないものを見るようにこの状況を呑み込めない本来の葛がいた。

「え・・・これ。どういう。ことなんじゃ」

「葛!」

「また・・・。この刀のせいってわけか・・・。まったく。」


 総一は一族同士の薄暗い盟約の中でも、まだ学生である彼を守ってあげたいと思っていた。

どんな出生の理由があろうと、まだ何も知らない彼を怨霊だとか名家の縛りで自我を乗っ取られるのを見ていた総一は自身と重なる部分があったのだろう。

呼吸がどんどん弱くなる葛は途切れ途切れに総一に願った。

「この刀・・・どうにかしてくれ・・・。みんなおかしくなってしまうんじゃ。

 父さんも母さんも・・・。今になって分かった気がする。」


「うん。もちろんだよ。」少しでも安心させようと優しい表情で頷く総一。


「葛、親友だったのに。こんな隠し事してたって...嘘だろ?」

「ひょうご...わしがいなくなったら雪弦が寂しくなると・・思うんじゃ。だから・・・

 

 ―――仲直りしてほしい。」


「・・・は?なにそれ」


「・・・熛炬?」

凍りつく空気に思わず総一が熛炬を仰ぎ見た。

「いや、無理無理。あいつに似てるし。無理だってありえないから。あー、葛の最期のお願いでも無理。」

葛はといえば遠のく意識で視線が定まらず運良く熛炬の言葉は理解できていないようだった。


「大丈夫だよ。葛みんなで雪弦くんのところにもお見舞いいくから。息を吸って、吐いて...」

「ごめん、ごめん。つづ...俺が縛ってたから...!」

「謝るのは後だ。万里。朝桐さんのところへ。」

「あ、ああ!すぐ病院へ運んでもらう!」

そう言って葛をあまり揺らさないように抱えて出ていく万里。意識を手放したものの葛はまだ呼吸がありそうだ。しかし決して油断はできない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


「総一だってそうだろ。本音の方の願いはきっと自分のことだけだ。

 今だって死んだ陽子や奏、葛のために自分は自由になってこの名家の縛りから~とか思ってるわけでしょ」

絶句して黙り込む総一を気に留めず熛炬は話をつづけた

「反吐が出る。でもよくわかるよ。自分の野望の為なら死んでいった奴らだって幸せじゃん。オレだってそうだし。」


「俺は・・・。」

「で、だ。結局のところ黒幕って葛じゃないんだったら、あいつしかいないだろ?」

さっきまで騒がしかったはずが静まり返っていることに気づく。

応急処置のために車を走らせ病院で手当てをすべきなのに、エンジン音さえいまだに聞こえてこない。


しんと静まり返った道場内に豪快な足音とともに現れた。


「ご名答!」

そう言って現れたのは・・・彼によく似てはいるものの不気味な笑い方をする男だった。


「...万里?」




【次週に続く】1/9(日) 21時後編を更新予定!


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今回のロスト・脱落者:美菖蒲葛(生死不明 

怪我人:なし  

今回の徒花の異形:一族の呪縛

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