強襲10月30日 


第七戦 (十二、一、二組)
場所:場所:西地区 自然公園に近い住宅地
視点:氷梅 六花 ほか一名



 私たちの組が初見の異形と当たることは一度もなかった。

10月30日 21時過ぎ。音を立てるスマートフォンを手に取ると、今回の討伐の組は私たちだった。


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徒花の異形が一体発生しました。

以下の守護者は排除に向かうこと。

場所:西地区 自然公園付近の住宅地

守護者負傷者多数の為、本来の担当区域ではない者を派遣する。

桐月 野風

松井 熛炬

氷梅 六花

以上、三名は現場へ急行せよ

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 ここ最近の強襲や新月の夜の討伐について家族に話せば運が良かったと言われるが、実際に死者も増えてきているのだ。

そんな言葉で片付けられるはずなどない。

母は私が目を覚ましていないと思って、明け方扉から私の姿を確認して心底ほっとしたような表情をしているのを私は知っている。


時を止めたように静まり返った家を出るときに「いって参ります」と癖で言っていた。

返してくれる声などないとわかっていても。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 10月2日の強襲の際、同じ組…私以外の二人は落花女学院で異形を討伐した。

翌日、怪我や討伐の様子も気になったのでお見舞いに桐月家、松井家に伺うと決めた。

母からは「桐月家だけは...」と止められたが命を預ける仲間ですからと半ば強引に家を出た。

始めに熛炬さんのお見舞いを済ませ、これから桐月家へ向かう旨を伝えると、

「六花だけじゃ心配だし!俺も行くっス」と言われ、二人で桐月家へと向かうことになった。


 日傘を差していても日中の暑さから、アスファルトからの照り返しがじりじりと肌を焦がすような感覚だった。

「あっつー・・・。六花は大丈夫っすか?」と言って熛炬さんは鬱陶しそうに汗を拭っても夏の日差しやその後ろにある青空が小麦色の肌や明るい表情を含めとても似合っていた。

ぼーっと見上げていると、「わざわざ出向いてやってんだから、アイスでも奢ってもらお。」なんて軽口をたたく余裕もあるのだろう。

石垣の上に槍のような鉄格子という物騒なものがたくさんついた壁をぐるっと回って、門の前にどうにかついた。

ふらふらしながらどうにかたどり着き、息を整えチャイムを押すと「どちらさんでしょうか」と低い男の人の声がした。

六花がインターホンの前で緊張して言葉に迷っていると熛炬がその間に入る。

「松井でーす!野風くんのお見舞いに来ましたー!」

「...っ、三光の...少々お待ちください。」意表を突かれたようにさっきまで覇気のあった語気に動揺が出た。


真っ黒なスーツに身を包んだ大きな身体の野風の部下であろう人に案内された。

六花、熛炬の二人が通された部屋で待っていると、どかどかと足音が聞こえ、すぐ後に乱暴に襖を開ける音が響いた。

「おーおー!松井の小僧!やっと詫びいれる気になったか?ん?」

「あはは、なぁに言ってんすか!違うっスよ~!六花の付き添いっス。」

「そうだった。嬢ちゃんも来てたんだな。男ばっかりで嫌だろ!おい、お前ら下がれ!」

部屋のすぐ外には野風の部下である大男が何人か正座をしていたが、一礼しどこかへ下がっていった。


「昨日、強襲があったとお聞きして。その際にお二人が討伐の組に加わったと聞きまして...」

さっきまで威厳のある振る舞いをしていた野風はふと表情を柔らかくした。

「心配してくれてありがとうな。この通りなんともないぞ。」

「でも、頬に擦り傷と...その御髪が...」

「それは、俺がぶっ放したときに野風がぼやっと突っ立ってるから」

「だー!!!思い出した!!お前本当に許さねえからな!!」

また二人であーだこーだと言い合いになってしまい、そんな喧騒を聞き流しながら六花はぼんやりと立派な庭園を眺めていた。


その後、持参したお菓子を三人で食べていると六花は、なぜ新月の夜以外に異形による強襲があるのか訊ねた。

野風は「あー、あれだよな。あれ、な?」と目を逸らし熛炬をせわしなく目はきょろきょろしているし、「六花は気にしなくていいっスよ。」と隣にいた六花の頭をポンポンと優しく撫でて誤魔化した。


 そんな気も休まらない週末が明け登校すると、彼らが言っていたように...いいえ、それ以上に三階の被害状況はひどいものだった。

多少涼しくなったとはいえ今年は朝晩を除けば30度近くまで気温が上がる。

この日の昼休みも日差しが強く照り付ける廊下を先生に頼まれた提出物を手に歩いていた。

ぱたぱたとせわしなく走ってはきょろきょろとあたりを見回す生徒がいた。

床からその生徒がふと視線を上げると六花と目が合う。

「六花ちゃーん!私のハンカチ知らないかしら?花柄の薄い紫色のなのだけど・・・」

「いいえ、見かけなかったわ。」

「ありがとう!本当にどこに落としたんだろう...」

同じクラスで特別仲が良いというわけではない。

それでもその日中クラスメイトにハンカチのことを聞いて回るあたり、よほど大切なものなのだろう。

お人好しでどんな些細な相談にも親身にのる優しい彼女の性分のせいか、気になっていた。


 放課後に通りかかった古文の先生に聞くと、学院内の落とし物をまとめてある専用のロッカーを一緒に見てくれることになった。


 鍵付きのガラス戸の棚を覗いていると見覚えのあるアレがあった。


「先生、その花札...裏面に和歌が書いてあったりは―――」

「ああ、一枚だけって変だよな。確か和歌がみ吉野の...」

「" み吉野の 高嶺の桜 散りにけり 嵐も白き春のあけぼの "で合っていますでしょうか。私のものです。ここに届いていたんですね。」

「そうか。氷梅さんのだったんだな。あとこれも一緒に届けられたけど、血みたいなのついてて。別に預かっていたんだ。渡しておくね。」


「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます、先生。」


 校門を出るあたりで、ハンカチを探していたクラスメイトに偶然会った。

彼女も探し物を見つけたようで、感謝してくれた。

「いえいえ、こちらこそ。お手伝いができて、良い一日でしたわ。」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 バイクのマフラー音が静まり返った住宅街で大きな音を立て響く。

最高時速は130kmを誇るそのバイクに跨るのは野風。


どうやら、「弟分がぜひ俺の戦いに役に立つのなら~って差し出してくれたわけ!泣けるだろー」と言っていたが普段の行いからも乗り方が決して丁寧なものではないとわかっていて廃車覚悟で舎弟も野風に託したのだろう。

今回の作戦にはかなり有効でこの前の新月の日のことを聞いてから準備をしていたようだ。


先ほどもメッセージアプリの通知が来た後、早めに身支度を整えたつもりが・・・玄関先にはそのバイクに乗った野風が待機していた。

「嬢ちゃん、迎えに来てやったぜ。」と言われきょとんとする六花。

「二人乗りってことですよね...どこにつかまれば...」

「ん、腰だよ。」

「こ、こし? 抱きつくってことですか?」

「お前みたいな嬢ちゃん振り落としても気づきそうに――「いやです!!」


「はー。」

六花の反応に心底面倒臭そうな表情をした野風。

どうやら、怒らなかったところを見るに熛炬のところにも迎えに行ったが、「誰が男と二ケツなんて」と断られたらしい。


 六花はといえば、住宅地を一望できる火の見櫓という鉄骨造の見張り台に身を低くして銃をかまえていた。

これも大正時代に建てられた消防団が使う火災の早期発見用の高台であり、普段は立ち入りや登ることは許されない歴史的な建造物である。

今回の異形は出現位置が住宅地ということからも予想通り、猪の姿をした「自由への疾走」と名付けられた異形であった。

この前の新月の討伐で進路を塞ぐ者に攻撃し、死ぬまで追い、襲い掛かるなど邪魔する者に強い執着を見せるといった情報が神社関係者より事前に共有されていた。

遠くの方からマフラー音、続いて一発の花火の音、各々が作戦通りに持ち場についた知らせの音。

秋の夜風は冷たく、ここ最近の急激な冷え込みのように私の頭も冴えていった。

皮肉にもこの場所からは野風さんが言うように、いろいろなものが見えた。

美志さんが亡くなった場所もいまだにブルーシートで壁は覆われ、近くにパイロンが置かれていた。

陽子さんも真心さんも自力で挑み、どんな結果であれ異形に向き合ってきた。

私はどうだろう。

前回は安全な場所でまともに使い物にならない銃の腕を野風さんに励まされながら戦っていたような気になっていただけ。

不死の海月の弱点は火であったため仕方がなかったが、何もできない自分自身を責めていたのかもしれない。

過去というにはあまりにも近すぎる時期の記憶ではあったものの、あまりにも濃く、長い夏だった。

雑念を振り払い、すぐに対峙するであろう異形に集中しよう。

今回は、私が仕留める。

 見張り台で異形を見つけたら熛炬さんに連絡、熛炬さんも高い位置にいるため二人がかりで異形の位置を野風さんの近くまで異形が走ることになればさらにそれを伝える。

熛炬さんは住宅地の中央の屋根から花火の色で近い場合は赤色の花火で警戒を知らせる。

走る異形を見つけ進路を妨害するかのように異形を煽り六花の射撃に向いたポジションまで誘い込むのはバイクに乗った野風。

そうして住宅地の道を適当に流し走っている野風がとうとう異形に近づく。

赤い花火が上がり、大きな音を立てながら走るバイクの音が近づいてくる。

既に弾を込め、装填し、安全子を解除する。

海外ではハンティングライフルとしても愛されることもあるほど命中率も高いこの銃で―――

息を吐き、異形である猪の目のあたりを狙う。

一発目。

ズドンとアスファルトに当たる音でなく異形の身体に命中した音がした。

残念ながら目からは逸れ、背骨のやや下の腹にでも当たったのだろう。

目の前の野風を追って全力疾走していた異形は倒れ込み、起き上がろうとした。

Uターンした野風は器用に太刀を抜き、肩て運転をしながら異形に斬りかかった。

その姿はドラマで見るような鉄パイプ片手に暴走行為を行うヤンキーであった。

異形に斬りかかった反動で、バイクは横倒しになっていた。

大きく壊れるということはなかったが側面は傷だらけだろう。


全てが非日常だった。

箱入り娘として育てられた自分は非力だ無力だと、周囲の人間は言葉には出されないもののそう態度に出ていた。

しかし今、この街の人々や力ある守護者を脅かす異形を私が仕留めようとしている。


理性的に説明のできないこの気の昂りは何なのだろう。



野風も道端に飛ばされたが、喧嘩慣れした身体は丈夫なようですぐに体勢を立て直す。

彼が斬りかかるより、私が撃った方が速い。


まだ息のある異形にもう一発撃つと今度は目のあたりに当たったようだった。

死に抗う異形の絶叫も、撃った時の反動も すべて ・・・きっと忘れることはないだろう。


今回のロスト・脱落者:なし

怪我人:桐月 野風 (擦り傷程度

今回の徒花の異形:自由への疾走

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

閑話 視点:桐月野風


「・・・は?」

「ですから…その…足をくじいてしまいまして、そのバイクで送っていただけないでしょうか…」

もじもじと恥ずかしそうに言っているが、きっとこの嬢ちゃんはバイクに乗ってみたいのだろう。

隣で松井の小僧が「おんぶして送ってってあげるっス!」とか言っていたのに、視線は俺でも小僧でもなくバイクだ。

「ベルトを掴みます!抱きつきません!」


「氷梅家のお嬢さんがスクーターで朝帰りしたって、相当な噂になりそうだな…まあいいや。乗りな!」

ヘルメットを胸に押し付けるように渡すと、嬢ちゃんは"くじいた足"など気にする素振りなくバイクにひょいと跨った。




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