強襲9月18日
第三戦【強襲】 (八九十組)
場所:西地区 旧市街
視点:光月 総一
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桜ノ宮神社は櫻宮陽子の消息について沈黙を決め込んでいる。
捜索は続けられているようで、何度か神社の関係者が光月家に足を運んで情報提供を求めていた。
神社関係者は何度か光月家に出入りしていたようだが、こちらに情報がこないということは本人の安否は未だ不明なのだろう。
彼女に駄目元でメッセージを送ってみたものの既読がつくことはなかった。
今日は...新月ではなかったはずだ。
台風も近づき時折強く雨が降り、風もいつもより強く吹いていた。
ただ分かっているのは厚い雲の向こう側の月の位置が動かず、風の音でかき消されただけとは思えないほど、人が街から一切いなくなったような静けさ。
21時を少し回った時、例のメッセージが届いた。
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徒花の異形が一体発生しました。
以下の守護者は排除に向かうこと。
場所:西地区 旧市街
光月 総一
菊大路 万里
柳 美志
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事前に共有されるべき情報も一切ないようだ。
僕は二人と連絡を取って、美志さんを道中で拾って旧市街から少し離れた位置で万里くんと落ち合うことになった。
「イレギュラーな感じなんですかねえ...」
「うん...」
街の異変とメッセージの内容からも徒花の異形がいるのは間違いなさそうだ。
北地区から移動している時も美志さんとお互いの意見を交換しながら歩を進めてきたが、情報がないとなれば注意深く行動する他に選択肢はない。
おそらく僕が不安そうにしていると勘違いした美志さんは元気づけようと
「今日のお夕飯はですねえ...台風だからコロッケにしようと思ったんですよ。」
「あ~!そういえば最近は研究で、こんなことが分かってですねぇ!」
「おじいちゃんなのかおばあちゃんなのか分からない患者さんの性別がやっとわかって、、、」など
いろいろな話を振ってくれてはいたのだが、ほとんど生返事で返してしまって申し訳ないことをしてしまった。
合流地点では大きな身体を少し縮こませ不安そうにあたりをきょろきょろと見回す万里くんがいた。
市内を南北に流れる川沿いは桜を植えてあるエリアも多いが、旧市街のあたりは柳が植えられている。
その近くにガス灯に似た形の街灯が落ち着いた光で石畳を照らし、どこか温かみのある懐かしい街並みを演出していた。
「やっときたー!この辺、人がいればいいんだけど...柳ってほら...雰囲気が」
「俺をっ!呼びましたかっ!」
「そうじゃなくて!てか、あぶなっ」
さっきまで全く構ってもらえず名前を呼ばれたと勘違いした美志さんは十手をぶんぶんと振り回しながら、万里くんにアピールしていた。
前回、思いのほか上手く討伐できてしまった三人ではあった。
同時刻にはもう一組が異形にやられていたこと。
不死の海月に当たっていたら―――おそらく僕たちの誰か死んでいただろう。
当然、今夜死ぬことだってあり得る。あの子の安否を知らないまま・・・
「総ちゃん・・・?」
「おーい、総様?」
覗き込むように二人が声をかけてくれた。
「ああ、ごめん。考えすぎてた。 敵を見つけたら静かに手を挙げて合図ってことで・・・」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
"いつもの陣形"という定番になりつつある、
前に美志さんと万里くん、その後ろに僕という形で歩いている。
やけに勘が良く鼻の利く美志さんを一人で先頭に置くと、すぐに違う方向へ走って行ってしまうためこの形に落ち着いた。
万里くんの武器は前方に味方がいると思い切って投げられないため当然前方。
僕は接敵しようものなら体術しかないため後方という消去法。
敵を確認したら、なるべく気づかれないよう距離をとり短い時間で作戦をたてる。
旧市街へ近づくにつれ、この台風前の強い風に流され美志さんだけでなく三人ともうっすらと"あの匂い"を感じ取っていた。
有難いことに雨もさほど強くはない。
建物に隠れながら、異形のいる位置へ近づくと
木がきしむような音が聞こえた。
幸いこちらには気付いていない徒花の異形はくるくると一定の間隔で踊っていた。
関節を可動域いっぱいに無理矢理な動きにあわせて、苦しそうな木製の関節は悲鳴をあげていた。
優雅に舞うというより決められたテンポ、決められた動きのみしか許されない不自由さを感じる動き。
足がもつれれば、すぐさま髪なのか糸なのか分からないもので身体を締め付けられるように軌道修正される。
足元の石畳には鳥のような足から滴る血で塗れた石畳に円を描いていた。
唐突に少し前にテレビで見た「誰でも簡単アート系DIY!」を思い出した。
振り子のおもり代わりに塗料が入ったボトルをくくりつけると複数の円や模様が描かれる...まさにそれだった。
美志さんは瞬きを忘れたかのようにじっと見入っていた。
万里くんは僕と美志さんの反応を交互に伺っている。
数分経って観察を終えた美志さんが後退し、距離をとる。
それに続き僕たちも安全だと考えられる地点まで移動した。
「・・・徒花の異形って、何なんでしょうね。
敵であることは分かっているのですが...何かに苦しんでいるような気がして」
美志さんが静かに切り出す。
「―――じゃないっすか」
「え?」
「いや、化け物が人を傷つける痛みを知ってるとか?ありえないでしょ。」
「万里くん、決めつけはよくないんじゃないか?」
「・・・でも!」
「静かに。 迷いがあると連携にも差し支える。」
気持ちを切り替えて作戦を立てる。
徒花の異形の行動を観察した結果、髪の中に材質の違うキラキラした糸が混在し人形の動きを制御している。
それを試しに切断し、動きが鈍くなれば残りも切る。
糸を切ることで予測できない動きを始めた場合はすぐさま万里くんの縄鏢で捕縛。
結果的には美志さんの十手で毛髪でない糸をひっかけてしまい、異形が反応した。
毛髪が美志さんに狙いをつけるかのように素早く伸び、現在異形の毛髪で宙づりにされているところだった。
「あぁっ!殺す前にその頭の枝一本だけ!一本だけ調べさせてください~!」
もうこうなっては作戦どころではない。
するすると毛髪は美志さんの首を締めあげようと動き始めていた。
「なぎよしさん!!!」
それに気づき万里くんが毛髪でない方の糸を縄鏢でたゆませ体勢を崩させることに成功。
彼が力任せに縄鏢を握っているがその表情は苦しそうだった。
異形の見た目の儚さとは比べ物にならない程、相当な力で引っ張られているのであろう。長くはもたないのは明白だった。
僕はすぐに異形に近づき、ガタが来ているであろう関節を狙って蹴りを入れる。
木の砕けるような音に打撃の効果を感じ、その後も関節があると考えられる箇所はどこかと瞬時に思考を巡らせる...
しかし、急に異形は動くことをやめたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
異形が動きを止めた際に美志さんが石畳に落ちて「ぐえっ!」と気の抜けるような声を出していたが背中を打った以外怪我はなさそうだ。
それを証明するかのように、すぐに上体を上げ「枝一本いただきまーす」と勝手に頭の枝を折って携帯していた袋に丁寧にしまっている。
まだ動く関節も残っているのに、操り人形の糸を切られたせいか異形は動かない。
着物に隠れていた木は所々朽ちており、糸で無理やり動かされていたようだった。
美志さんを心配して万里くんが近づいてくる。
彼の手はよほど縄を強く引いたせいか擦過傷で血だらけだった。
あの異形を操っていた糸を力任せにねじ切ったようだった。
ほどなくして雨が止み、空も白み始め朝日が昇る時間になるのだろう。
「おてて出してくださ~い。頑張った万里くんのおててを消毒しまーす。」
てきぱきと手当てを済ませ、花札の裏の和歌を詠みあげ私服に戻る。
多少は身体は丈夫だが、平日の労働の蓄積もあり、今回はすぐ解散ということになった。
「反省会ってことで、明日の夜とかどう?」
「ちょうど先週から店に出し始めてるんすよ!ひやおろし!今回も自信作だよー」
「ああっ!いいですねえ!じゃあ、明日の20時から万里くんのおうちに集合!」
朝晩はだんだんと気温が下がり季節の移り変わりを感じた。
朝の冷えた空気の中、石畳を軽快にスキップする下駄の音が響いた。
今回のロスト・脱落者: なし
怪我人:二名ともに軽傷 柳 美志...背中の打撲 菊大路 万里...掌の擦過傷
今回の徒花の異形:意思なき傀儡
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閑話 視点:?????
≪ 9月8日10時 患者のカウンセリングと当時の状況の聞き取りを開始。四の守護者、藤凪 雪弦 ≫
??「おはようございます。気分はいかがですか?」
雪弦「おはようございます・・・気分...そうですね...」
??「まだ体調が優れませんか?」
雪弦「いいえ、昨晩の記憶がなくて。変な感じなんです。」
??「そうですか。では覚えている範囲で結構ですので、徒花の異形 通称"誘う音色"の行動や攻撃方法について教えてください。」
雪弦「異形が笛を、吹いてから...記憶がありません。攻撃しなきゃって。すごく気持ちが昂ったような...そんな気がします。」
??「櫻宮 陽子について何か覚えていることは?」
雪弦「僕が浴びてた血って...彼女の...」
??「何の血液か判明していません。こちらの質問に回答してください。」
雪弦「すみません。でもたぶん...僕が...うぅっ」
≪ 患者の嘔吐により、この時間のカウンセリングの続行は不可能と判断。明日同時刻に再開する。≫