進行2話
「傍観者」
第二戦A (十二、一、二組)
場所:南地区 落花市海浜公園付近
視点:桐月 野風
共有事項
先月、南地区 落花市海浜公園付近にて発生した徒花の異形【通称:不死の海月】について
接近・短距離の戦闘(10m以内)を主とする刀や薙刀・自身の手足を用いた武術の使い手は戦闘に参加せず
救護・戦況の把握のみ行うこと。
「初戦闘!って意気込んでたのにこれかよ...」
メッセを一通り確認し見た目通りのガラの悪い発言とともに舌打ちをする。
「まあまあ。でも俺らって今回の海月には最適な三人組だと思うっス」
すかさずフォローを入れるのは松井熛炬。
「・・・・・・。」
「仕方ねえ、俺は今日は後ろから支援してやる。有難く思えよ?」
―――紅圓が死んだ。
「初戦闘で試し切りしてえ」とか格好つけて、本音は俺がバケモノを殺してやろうと思った。
松井は気づかなかったかもしれないが、このちっさい氷梅とかいう嬢ちゃんは殺意とか察知したようで辛気臭く黙り込んだ。
移動中は作戦会議を手早く行った。
「人語を理解する異形の場合、作戦を聞かれると厄介です。」
少し早口で氷梅六花は意見を述べた。
「あ?なんか良い案でもあるのか?」
野風は覗き込むように六花へ視線を合わせようとすると「ひっ」っと小さな悲鳴を上げて熛炬の後ろへ隠れた。
「野風!ダメ!ステイっス! ほーら六花、怖くないっスよ~!野風は目つきとか悪いだけだから...」
「目つきとかって何だよ!」
第一に声も身長も態度も大きく、考えなしに動く。どこをとってもガサツな野風に六花は苦手意識を持っていた。
野風は野風で殺したくてたまらない敵を目前に、少しでもいい戦略があるのなら...と聞きたかっただけなのに、このように怖がられては連携もくそもあったものではない。
「はーい、とりあえず六花の意見聞くっス。野風は後ろに3歩下がって。で、座る!よし!」
熛炬の言葉の真意をくみ取る前に身体が動く。
どかっと地面に胡坐をかいて座る野風。
距離ができたことで、六花の強張っていた肩の力が抜けていた。
「えっとですね。冷静に行動しましょう。
熛炬さん、野風さんそれぞれに敵への感情はあると思います。
無事に相手を倒して、怪我無く帰ることを目的としましょう。
戦略としては... ... 」
的確な指示、わかりやすい戦略にうんうんと頷く野風。
「嬢ちゃん・・・お前、すげえな。」
「...! ありがとうございます」
素直な野風の感想に少し場の空気が和らいだ。
「でも、ひとつだけ俺から。―――」
新月の夜
これで俺がバケモノを見るのは二回目。
作戦会議が終わるあたりで海浜公園が見えてきた。
嘲笑うように海月はぷかぷか浮かんでやがる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
六花の提案した作戦は驚くほど上手くいった。
事前に異形の情報があったせいか、それとも敵の弱点の熱と熛炬の花火がうまくかち合ったせいか短時間...とはいえないもののじわじわと陸地側へ追い込み戦闘も済んだ。
作戦を相談した際に野風が反論したのは
「松井の小僧はちょこまか走れるから、一人で戦え。俺は嬢ちゃんになんかあった時に抱えて走る。」
というものだった。
運動部だった熛炬は体力もあり、装束も動きやすいものだが、六花はそのどちらも持ち合わせていない。
この三人の中で狙われた時に一番弱点となり得るのは六花だった。
異形の土壇場での移動速度も完全につかみ切れていない為、今回戦線に参加できない野風は六花の壁となることを決めたのだった。
それだけではない。
熛炬は火器の扱いに慣れ、戦いへの覚悟さえ十分に感じたが、六花は慣れない銃のこともありハンデを背負っていた。
戦闘の中で野風は六花へ
「よし、いい狙いだ。筋がいいぞ!癖で少しこっち側にズレるから...」と声をかけ続けた。
三人組での初戦闘は上手くいった。
完全に異形は地に落ち、ピクリとも動かない。
初めての実戦に疲れ果てた六花は戦いの終わりを感じ、へたり込む。
その時多少乱暴ではあるがぽんぽんと六花の頭を撫で「お疲れさん。」と野風は言い残し海岸へと進む。
そんな野風の背中をぼうっと見ていた。
完全に動きが止まった異形へ野風は一歩二歩と近づいていった。
「野風、危ないっス。毒は残っているかもしれないから―――!」
歩みを止めない野風に熛炬は声をかける。
野風は乱暴に鞘を投げ大きく振りかぶる。
その後も突き刺すように何度も突き、海月に心臓や脳などないが細かく痙攣するかのように触手はのたうち回る。
「紅圓はお前が喰ったのか?あ゛???出せよ!!」
何度も何度も破片のようになるまで斬り付けて
「馬鹿で勉強嫌いな俺が調べたんだよ、くらげの胃とか...どうやったら一番苦しんで死ぬかとか...」
くらげの傘の部分を踵で踏み付け、悔しそうにつぶやく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
八月のあの日
犠牲者が出たことを知った。
通夜の前、楓鹿文家の戸を開けると玄関先には
空っぽの棺桶に縋りつくように泣き崩れる父親と
虚ろな目をした彼の妹たちを見て馬鹿な俺はすぐさま行動に移していた。
臥猪閣に乗り込むまでの時間は短いものだった。
「今はほっといてやってくれ」と叫ぶ猪間家の当主を振り払い、旅館の女中の胸倉をつかみ書物蔵へ案内させた。
蹴破るように、扉を乱暴に開けると高く積まれた本の間に猪間真心はいた。
薄暗い蔵の中、ぼさぼさの髪、手垢で汚れた眼鏡は鈍く夕日を反射させた。
「...あ...え? あなたは...」
ひび割れた唇、真夏なのに水分を摂っていないせいか、かすれた声で言葉を発した。
受け止められない悲劇の心労から頬はこけ年頃の少女の張りのある肌は瑞々しさを失っていた。
目元は赤く腫れ、瞳はまったく光をうつさない暗い色をしていた。
見殺しにしたこいつがもしも命乞いや言い訳をしようものなら殺してやろうと思った。
しかし、こいつも被害者だった訳か...
そんな少女の様子を目の当たりにして憑き物が落ちたかのように煮えたぎるような怒りややり切れない感情は冷えていった。
野風は真心に視線を合わせるよう膝をつき頭を埃の積もった板張りの床へつけた。
「つらかったのは承知している。頼む―――紅圓の最期を教えてくれ。」
その後野風は、境内への出入りを決して許されない桜ノ宮神社に毎晩出向き、次の新月に不死の海月の討伐を自分にさせてくれという頼みに行った。
神社関係者に汚物を見るような目で見られても、碌に話を聞いてもらえなくても訪問を続け頭を下げた。
何日かすると神社関係者の者もお手上げだということを聞きつけ、櫻宮家当主が面会に応じた。
土下座した野風に近づくと、野風の頭を土足のまま踏みにじった。
嫌悪感と蔑みを前面に出した表情で「そんなに死にたければ要請してやろう」と認めたのだった。
震える声で「ありがとうございます。」とつぶやく声は真っ暗な境内に吸われていくかのようだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
刀を持つ腕を強い力で捩じ上げられた。
「―――桐月、その辺にしろよ。もう遺体は出てこない。
俺らもあいつも巻き込んで。もう満足だろ。」
冷めた口調で熛炬はそう告げると放り出されていた鞘を野風に押し付けるかのように渡してきた。
「・・・わかってる。」
そう言って刀を鞘に納めると、力なくふらふらと海を背に街へ歩き始めた。
散々巻き込んで、傷つけて、戦闘でも何もできずに後ろから喚くことしかできない自分に嫌気が差した。
あいつの遺体もしくは、なにか身に着けてたものが見つかれば許されるとでも思っていたのか。
「わかってる。」
他者のために頭を下げたのではない。
自分のエゴで頭を下げて、死んで来いと言われたようなものなのに生きていることにほっとしている。
改めて、どれだけ自分自身が矮小で醜いか自覚できた。
朝日を浴びて不死の海月の残骸は日の光に焼かれるかのように煙を上げて消えていった。
「見つけたところで、どうしたかったんだろうな...俺...」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
第二戦B (三、四、五組)
場所:東地区 私立落花女学院
視点:美菖蒲 葛
「おいおい。あいつら...どこに―――」
思うように歩けずふらつく足を、膝を殴りつけ、やっとの思いで廊下に出た。
そこには・・・
―――遡ること一時間程前
「今回の目撃というより不確定な情報ですが、発生場所と思われるのは落花女学院のどこかです。噂によると...」
校門前のベンチで学校内の地図を広げながら作戦の相談をしようとした陽子が切り出した。
「わー!初めてです!落花女学院!落花西よりなんかこう、おしゃれですね...」
「は~女子校って、俺らが入ってええもんかの!」
初戦闘だというのに葛・雪弦ともに女子校という雰囲気にそわそわと落ち着きがない。
「聞いてくださいますか?お二人とも...!!」
怒りのオーラを身にまとわせた陽子にまずい...と気づいた男子二人は正座をして、作戦会議に集中した。
「情報によると今回の討伐の対象は、和服の幽霊である・それは人型らしい・狼の遠吠えのような悲しい音色が聞こえるだとか...正確にどのような形状をしているか不明です。
六花さんが仕入れたこの学校の七不思議では、
『夜の落花女学院で笛の音が校舎に響くのを聞いてしまうと神隠しに遭う』というものがまことしやかに囁かれているそうです。
かき集めた情報に共通しているのは "音" "神隠し"
これだけです。
現段階で分かっている犠牲者...というより、この近辺での行方不明者が6名です。
唯一、遺体として発見された者は頭部のみが損傷していたようで・・・。
それが今回の事件と関連しているかは不明ということですね。
発見された遺体はこの落花女学院の生徒。前日一緒にいた女子生徒のみ命に別条はなく、気を失っている状態で発見されました。ただ行方不明者の血痕を浴びていた...といった具合で怪談はより尾びれがついて正確な情報を絞りにくくなりました。」
「なら、その女に聞けばよい。」
「脳震盪を起こしたせいなのか、その女子生徒はその女子生徒といた時間の記憶が欠如していました。」
「こりゃ~...情報がいくらなんでも少なすぎるの。お手上げじゃな。」
葛は参ったというように両手を挙げておどけてみせた。
「接敵して目視するか、匂いを察知、もしくは音を聞くまでわからない...となると不利ですね。」
雪弦も困惑し、陽子に視線を向ける。
唯一の高校生のみで構成された三人組は放課後時間を合わせやすかった。
この約二か月は臨機応変に攻撃できる陣形を考えたり、三人背中を合わせての攻撃も合わせる期間があった。
時間が合わなければ三人それぞれが個人練習に励んだり、お互いに切磋琢磨しあう。
どこか青春の一風景のような爽やかな雰囲気さえあった。
頻繁に横柄な態度をとる葛と負けず嫌いな陽子は口喧嘩をすることもあったが、そのあたりの関係性も日を増すごとに多少なりとも変わっていった。
薙刀の重さもあり、決して挙動は速くないものの多数に囲まれた場合でも対応できる陽子
短刀という守護者屈指の近接戦闘でありながら、身体能力の高さを誇る雪弦
一撃一撃が重いものでないにしろ、どんな敵にも躊躇せず斬りこむ気迫と斬撃の腕を持つ葛
三人に防御の手段はないが、斬撃で窮地も切り抜く自信と覚悟はあった。
夜の学校ということもあり雰囲気に気圧されそうになるが、少ない情報を頼りに三人そろって校舎を探索することになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして冒頭に戻る
気付けばどこかの倉庫代わりに使用されている空き教室にて葛は目を覚ました。
葛は掃除ロッカーにもたれかかるようにして気を失っていたようだった。
廊下への扉の前はバリケートをつくるかのように掃除用具や机、椅子で外から侵入を防ぐように積み重ねられていた。
記憶が多少抜け落ちてしているものの、確か気を失う前に...
何かと戦っていた気が―――
立ち上がり障害物を撤去しようと手を伸ばすと葛自身の手が赤黒く汚れていることに気づいた。
装束を見ても返り血を浴びていた。
それだけではない。
よく見ると深くはないものの、装束はあちこちが切り裂いたような跡もあり、腕には数か所刃物による切り傷もありさらに混乱してしまいそうになった。
嫌な予感がし、早く廊下に出ようとそこかしこに積まれたものを乱雑に避ける。
近くに二人の気配がないことに気づき大声で呼びかけるも、返答はない。
やっとのことで廊下に出て、ふらつく足を、がたがたと揺れる膝を殴りつけ廊下を進む。
廊下には血らしき赤黒い液体が落ち、その真ん中には何かを引き摺った跡が続いていた。
心臓の音が耳元で鳴っているかのような緊張感
抜け落ちた記憶
どうか、二人とも無事でいてくれと願いながら歩を進め曲がり角に差し掛かると
そこには血まみれの雪弦がいた。
どこから出血している?
なるべく動かさずに探るものの大きな傷が見当たらない。
呼びかけながら軽く肩を揺さぶるとパチッと雪弦は目を覚ました。
「陽子さんは!!」
葛を押しのけるようにして立つ雪弦。
白い装束は真っ赤な血に濡れていた。
「おい!怪我は!!」
「僕の血じゃないんです!...これは―――」
陽子の血であろう、その跡は校舎の裏口まで続いていた。
肩を抑えながら走る雪弦が裏口の扉を開けると
朝日が昇っていた。
その場で力なく膝をつく雪弦。
「つ、つづらさん...これ...朝日が昇るってことは、
異形2体両方倒すことができたときか・・・しゅ、守護者に犠牲が出たときって...言ってました。」
後半は涙声になりながら痩せた背中を丸めて、嗚咽を漏らす雪弦。
呆然と体育館へ続く渡り廊下と、それを照らす朝日を眺めることしかできない葛。
秋口に差し掛かり、爽やかな朝の風景が広がっている。
無情にも夜は明け、朝日は昇った。
今回のロスト・脱落者(?): 櫻宮陽子(行方不明)
怪我人:なし
※美菖蒲 葛、藤凪 雪弦 両名は今回の戦闘に関わる一部の記憶の欠如・精神的なダメージを負う
今回の徒花の異形:誘う音色 不死の海月