進行1話

「犠牲者」 


第一戦A (猪鹿蝶組)
場所:南地区 落花市海浜公園付近
視点:蝶乃 奏

先月の招集後、僕たちはそれでもこの脅威に立ち向かうために努力を重ねたつもりでいた。

前回は誰がどう見ても辛勝...といった具合で、次の日は心労で起きることもせず、ぐったりと天井の木目を無意味に目で追ったり、決まった時間に取るはずの朝食も数時間遅らせ使用人に心配されたほどだった。

守護者の装束に換装したり武器を顕現できるのは異形が現れる夜だけと言われた為、各々自主練習という形で短い間であったものの鍛錬を重ねてきた。

真心さんは正確な位置や対象に焙烙火矢を投げたいということで、万里さんに投球フォームやコツなどを教えてもらっていたとメッセがきた。今後はメンタル面が課題だと言う。

真面目で素敵な人だと思った。

紅圓さんは職業柄、一般人よりも刀の扱いに慣れているだろうから実践へ向けた部分さえ押さえていけば怖いものなしの頼れるチームメンバーであり、三人の中でも年長者で引っ張っていってくれると考えていた。

僕は...何ができたのだろうか。

くらげは僕たちをあざ笑うかのようにふわふわと浮かんでいる。

新月の夜にはないはずの月のような白い傘、青白い淡い青紫の藤のような触手の下、対照的な色の赤い髪の彼はうめき声をあげながら逃げようと這っていた。

こちらへ伸ばすその手も植物が蔓延ったような線状の炎症が広がっていた。

強い精神力が自分にはあると思っていたのに、確実に一歩ずつ死へ近づく人間を前に笛の音も震えていた。

――捕縛の効果もいつもより短かったかもしれない。

もっと冷静に考えれば壁を作って触手をはじくこともできたかもしれない。

後方で支援をする自分の役割を鑑みればもっと的確な指示を出すことも・・・

後悔は堰を切ったかのようにあふれ出し攻撃ができないこの武器を恨みさえしてしまった。

前回の戦闘で装束の換装と武器の顕現と同時に流れるように入ってきた龍笛の効果を説明すると、二人は「心強いし、頼りにしていいか?」とか「いろいろな戦略が柔軟に組み立てられそうですね」なんて、あのような状況でも前向きに言ってくれた。

与えられた役を全うするだけでなく、自身に与えられた力でできるだけこの人たちに怪我やそれ以上のことがないよう支援しようと心に決めたのに、そのために自分にできる限りの鍛錬も積んだはずだったのに、その結果がこれか。

何度、捕縛・結界の生成の音色を奏でても無数に伸る触手は彼の無抵抗な身体を絡めとっていく。

無数の触手の攻撃により結界は幾度となく壊され、そのたびに視界はゆらぎ意識を手放しそうになった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

視点:楓鹿文 紅圓

刺胞に刺された瞬間、すぐに全身を刺すような激痛に襲われた紅圓は真心や奏に「近づくな!」と声を上げた。

刺される直前に気づいたのは藤のような触手はそちらに意識を向けるためのものカモフラージュで半透明の長い触手に刺胞があったようだった。

激痛の中、彼らが同じ目に合わないように早口で伝える。

2.3分とたたないうちに、ただでさえ足場の悪い海岸の砂に膝をつき、激痛をやり過ごそうにもそうはいかなかった。

霞がかる意識と波の音の中、磯の香りで思い出すのは妹たちと海水浴へ行ったことだった。

前回怪我をした時も叱ってくれた。今回は...どんな表情をするのだろうか...。

妹たちの名を声にならないような空気の抜けるような音でも、兄である彼はそこにいるかのように一人一人丁寧に呼びかけた。

それに応えるかのように、彼の刀である"楓鹿文紅葉新月破・紅"は鼓動するかのように鈍く光り始めた。

そんな楽しかった夏の思い出の後、ふと場面は変わり、目の前で死んだ母の姿が脳内をよぎった。

もう守れない自分であってはならない

数歩進めば手に届く位置にある刀は、刃毀れなど一切ない見違えるほど妖しく美しい刀身であった。

這うように進み、震える手を伸ばし柄を掴む。

紅圓は最後の力を振り絞って薙ぎ払うように一撃を放った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

第一B戦(八九十組)
場所:西地区 自然公園内の雑木林
視点:柳 美志

「あれ・・・また雨かあ」

台風が連続して近づいたため仕方なかったが、自然公園に足を踏み入れ甘い匂いも濃くなりそろそろ敵が近いかという時に振り始める。

公園に入ったあたりで甘い匂いがするーなんて、下駄で雑木林へ一直線に走っていく美志とそれを追う総一と万里。

二人からすればいつ接敵してもおかしくない状況と、方向音痴な年長者の自由気ままを通り越して自殺行為とも思える行動に気が気でない状況だが、美志ははっと立ち止まり前方を指さした。

「総ちゃん、万里くん、あそこにいるよ?」

その刹那こちらへ飛び込んできた角を咄嗟に十手ではじき、いなすように見事に急な攻撃をよけきった。

「美志さん!万里!大丈夫ですか」

「大丈夫ですよぉ」

「俺も~」

さすが総ちゃん、攻撃後にもすぐ状況を立て直そうとしての現状の把握の徹底...頼りになるなぁ...なんて思いつつ、美志は異形の姿から目を離すことなくじっと観察していた。

「総ちゃん、ここだと不利だと思う。木が少ないところに出よっか」

「OK、入り口付近に向かうよ」

短く返事をすると、遊具のある芝生側へ総一が走る。

彼は武器が自身の身体のみであり、今回のような体までリーチのある鋭利な角を持つ相手には分が悪い。

怜悧な総一もそれはわかっていたようで、すぐに行動に移す。

武器を持つ万里と美志は援護するように同じ方向へ走る。

この場合は美志が先導すると方向音痴な自分は雑木林どころか森林側へ迷い込んでしまうため総一に先導を任せたようであった。

今回の異形が鹿の形をしていることから、弱点を推察していくしかない。

芝生に出たとき街灯に照らされた牡鹿を観察する。

自分が考えるよりも早く総ちゃんが

「こちらには心臓を打ち抜けるものはないから、美志さん他の弱点や考えを!」

銃を持っているわけではないし、総ちゃんの弓矢を期待することができない今、脊椎を狙って動きを止めることしかできないだろう。

「脊椎を狙いたいので万里君に動きを止めてもらうしかないです!」

「え~!俺??ヤバ!!」

軽口を叩いていながらも、異形から目を逸らさず反撃のチャンスをギラついた目で伺っていた。

異形は蹄を踏み鳴らし威嚇している。

芝をまき散らすほどの踏み込みの後、万里と美志の方向へ突進してきた異形へ美志は十手を向けるのではなくスマートフォンのライトを向けた。

異形が一瞬ひるんだ隙を見逃さなった万里は異形をきつく締めあげ遊具に縛り付けた。

美志はすかさずスマートフォンを手放し暴れる異形の角を十手で固定する。

そこへ総一が走り込み渾身の力で脊髄を蹴りつけた。

蹴りというより踏み付けに近い全体重をかけた一撃。

骨の砕けるようなぞっとする音がした。

やることがなくなり異形と彼らをじっくりと観察する。

こんな状況でも「うぇっ!えっぐ・・・」と余裕があるのか万里くんは少しだけ引きつつ口調は軽い。

その後も何度も踏みつけるように足技を与え続ける総ちゃんの打撃音。

彼の目は光なんて移さず真っ暗だな...なんて思っていたけど、異形の叫ぶような鳴き声に再び意識は異形へ向く。

打撃音のたびに口や目から飛び散る血は真っ赤な紅葉のようだなんてどこか他人事のように思っていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

最初に組み分けが発表され、楓鹿文さん・蝶乃さん・真心さんが異形と戦っているのを少し離れた位置で見た後、万里くんと総ちゃんと作戦会議をした。

猪鹿蝶組と呼ばれた彼らのように火器や大きな刀を扱える人や便利な防壁を作る術がない組。

強さも未知数な異形を前にすればこちらの攻撃力や防御力には期待できそうもなかった。

「なるほど!総ちゃんは頭いいし、判断力もあって絶対大丈夫ですよ!万里くんのは...こうバッと投げてぐるぐるってやれば、ね?」

そう言って場を和ませるも根本的な解決には至るはずもないが、攻撃力を補えるのは自分たちの頭脳や咄嗟が唯一誇れる点でしかないと考えた。

総ちゃんの攻撃の手が止まったとき異形は既に息をしていなかった。

万里くんはえっぐ~とかそこまでやることないっしょとかひたすら言っていたが、飄々としていて精神力の強さもうかがえた。

「う~ん、植物の異形って聞いて楽しみにしてたんですけど、鹿さんだし...あっああっ!でも腰のあたりに紅葉が...これ持ち帰ってもいいですか?」

きらきらした目で訴えると総ちゃんは「今後の対策にもなるかもしれないし、何かわかることがあれば」と言って乱暴にぶちぶちと血だらけの毛や紅葉を引き抜いてきた。

空は夜明けを告げるかのようにうっすらと明るくなってきていた。

真夏の夜の熱を感じさせない軽い足取りで街頭に透かすときらきら光る紅葉と鹿の毛を少年のようなキラキラした瞳で見上げる美志は森林公園の出口のあたりでぴたっと足を止める。

そんな美志に万里、総一の二人は振り返る。

「たぶん、俺たちの一番の武器って、こう!と決めたときの容赦のなさというかですね...う、うまく言葉にできないです」

「あ~それ言うなら総様の鬼のような無慈悲な蹴りとか?w」

「万里だって締め上げた時の目がすごかったよ?」

戦闘の後なのに三人の間にはスポーツの後のような清々しささえあった。

「でも冷酷さって必要だよねー」なんて爽やかな表情でさらっと言う総一。

「つ、次も!三人でなら次もうまくできそうな気がしますよ!頑張りましょ!」

そう言って二人を追い抜かしスキップするかのような足取りで歩く美志は家とは真逆の方向へ歩を進めていた。

「なぎよしさん逆だって!」

年下なのに身長の高い万里は美志の首根っこを掴むかのように制止する。

三人はほぼ無傷で帰路へ着いたのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

第一戦A (猪鹿蝶組)
場所:南地区 落花市海浜公園付近
視点:蝶乃 奏

【後編】

紅圓さんは最後の力を振り絞って薙ぎ払うように一撃を放った。

数本の触手が切りとられ、ぼとぼとと音を立てて落ちてきた。

だが肝心の傘の方は切ることはできず鈍い音を立て衝撃を吸収するだけだった。

それでも、くらげのうごきが鈍くなる。活路が見出せた...と思った。

「今の内に!こっちです!!」

泣きはらした声で真心さんが目いっぱい腕を振り上げた。

紅圓さんは痛みも相当なもののはずなのに一筋の希望に口元にわずかに笑みを浮かべ一歩一歩進んできた。

暗い海を背景に空に浮遊するくらげは妖しく発光した。

そしてあの甘ったるい匂いが一気に濃くなった。

死んではならないと再び反撃の炎を瞳に宿したのも束の間、

彼の瞳には深く海の底のような絶望が滲んだ。

振り向けば傘への攻撃が効いていなかったことを知ることができた。

退避のチャンスを見越して生成した結界もすぐさま破られ、再び彼の身体はからめとられた。

全てにおいて分が悪かった。

どんなに投球練習をしても素人の真心さんにとっては、この足場の悪い、踏み込みもできない砂浜で距離のある動く目標に焙烙火矢をあてられるはずもない。

紅圓さんが刀の扱いに慣れていたとしても、長い触手に絡めとられれば防御の手段は自分の結界頼りになる。

砂の上で

再び頼もしい背中が痛みで丸まっていく。

恐怖と絶望で真心さんはこの光景を直視できない。

僕だって逃げられるなら逃げたい。

ざり、ざりと音が聞こえる。

意識を失った紅圓さんが海に引き摺られていく。

彼を返せ

連れて行くな

音を奏でても折れた心では結界の生成すらできなかった。

吐き気と意識の混濁で視界がぐにゃりとゆがんだ。

僕の記憶はここまでだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「おはようございます。蝶乃さん、意識はありますか?」

肩を叩かれて意識がふと浮かび上がる。

担架に乗せられているようでぐらぐらと気持ち悪く揺れていた。

桜ノ宮神社の関係者たちが砂浜で何かを探している。

見つけたぞ、と声を上げたのでそちらを見る。

砂にまみれた花札が回収されたようだった。

「べ、にまる...さんは・・・?」

力を振り絞って言葉を発する。

ああ、と冷めた調子で返す関係者の言葉は

「猪間さん曰く、海に消えていったそうです。

次はこの組には別の方を補充しますので ―――ご心配なさらず。」

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今回のロスト・脱落者:楓鹿文 紅圓

怪我人:なし

※猪間真心、蝶乃奏 両名は多大な精神的なダメージを負う

今回の徒花の異形:優しき被害者 不死の海月

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