強襲9月26日
第四戦【強襲】 (三、四、五組)
※三の守護者欠員の為、1名補充
場所:東地区 私立落花女学院
視点:藤凪 雪弦 ほか一名
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また、ここに来てしまった。
あの新月の日、記憶が定かではないがあの異形と一戦交えた日。
結局、ぼくはあの日何をしたのだろうか。
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徒花の異形が一体発生しました。
以下の守護者は排除に向かうこと。
場所:東地区 私立落花女学院
藤凪 雪弦
美菖蒲 葛
※三の守護者が欠員の為、
桜ノ宮神社 徒花の異形調査員 桐月 野風を補充要員とする。
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21時を過ぎた頃、唐突にメッセージが届いた。
メッセージアプリで二人と連絡を取り、現地へ向かった。
行方不明の守護者...ひなさんの代わりに野風くんが加わった三人組。
前回のことで暗い表情というより困惑した表情を浮かべるつづこと葛。
旧知の仲である僕たちはあの新月の夜の後こっそり話をしたが、結局なにも分からないままこの時を迎えてしまった。
この前の異形が死んでさえいれば、彼女がどこかで生きているかもしれない。
しかし...また同じ発生場所、どんなに恐ろしく残酷な結果が待っていようと進むしかないようだ。
野風くんは僕とつづの間に無理矢理間に入りバシバシと背中を叩き、肩を抱く。
「とりあえず、この頼りがいのある!この!野風サマに任せとけって。」
そう言ってどかどかとうるさい足音を立てながら先陣切って彼は落花女学院へ乗り込む。
「おい、雪弦。青瓢箪みたいに真っ青じゃぞ。胃薬飲んできたか。トイレは?」
野風くんの少し後ろを歩く僕たちは小声でひそひそと話し始めた。
「――えっ...うん。ごめん、ぼーっとしてた。なんだっけ...。」
「謝るんじゃない。行くぞ。」
僕たちは共依存...というものに当てはまるのだろうか。
立場が違ってもよく遊び、つらい時にこそ支えあってきた。
正直に言えば招集の日、組み分けが見知った三人で良かったと思ったし、今回の守護者を取りまとめている桜ノ宮神社の神主の娘であるひなさんと仲の良いつづ。
怖いものなしだと思っていた。
でも、そんな過信と友情だけじゃ乗り越えられないものがあると知ってしまった。
あの新月の日の後、入念に僕は神社関係者であろう人に治療やカウンセリングという名目の尋問を受け、解放された。きっと今回の異形との戦いの黒幕の候補だと思われたのだろう。
僕だって目立った傷なく、至近距離で大量の返り血を浴びた姿でいたら一番に疑う。
記憶がないという説明も都合が良すぎるのだ。
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記憶と嗅覚。
匂いが記憶呼び起こすなんて、よく聞く話だ。
匂いに結びつく記憶や感情を呼び起こす現象は、プルースト効果と名づけられていて、嗅覚は五感の中で唯一、本能的な行動や喜怒哀楽などの感情を司る大脳辺縁系に繋がっているからだと言われている。
これがかの長編小説のように紅茶に浸したマドレーヌの匂いなら気分が幾分か和らぐかもしれないが、僕らが感じたのはむせ返る花の匂い。
戦闘が目前に迫っていると本能が告げていた。
野風くんはすぐに僕らに軽く首だけで振り返り、目くばせをする。
彼の節くれだった指が長い廊下の先を指す。
あの異形がいた。
笛を吹く構えをする直前に野風くんは耳をふさぐような体勢をとった。
僕は再び、目の前が徐々に暗くなるような感覚に陥った。
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視点:桐月 野風
桐月家の三男坊であり、ほぼ身売りされた形であるが俺は桜ノ宮神社 徒花の異形調査員という肩書を持っている。
要するに危険性が高い任務を押し付けられているわけだ。
一族の罪滅ぼしだとかもう慣れっこだ。家業のこともあり、ある程度他人の怪我や死を目の当たりにするのも慣れている。
今回は桜ノ宮神社の神主の可愛い可愛い一人娘、櫻宮陽子が行方不明とやらで真相究明の任を言い渡された。
――正直言えば、もう死んでいるだろう。あの娘も。
敵を目前に桜ノ宮神社から支給された耳栓を付ける。
聴覚を遮断され自分の耳に届くのはノイズがかかった中でひどく不快に音を立てる心臓の音。
異形自体に攻撃力はあまりないと報告を受けてはいるが、油断はできない。
背後を取られぬよう、一瞬でも目を離さないよう今回の脅威である人物の動向を目を見開き注視した。
「さて...どう出る・・・!」
野風が刀を構え、その切っ先を向けた相手は
―――藤凪雪弦だった。
素早く短刀を構え、今にもこちらへ斬りかかってきそうな気迫と殺意。
その近くには自分の武器である刀を抱きしめガタガタと震え始める葛。
葛をかばいながらというのは分が悪いものの、雪弦がとてつもない速度で短刀で野風の喉元を狙う。
やっぱり陽子を斬ったのはお前だったか。
「悪く思うなよ」
短く形だけの謝罪の言葉を述べ、野風は雪弦に重めの刀背打ちを食らわせる。
証拠を残さず、殺した守護者を引き摺りこんでいったり、喰っているのかは分からないが雪弦の装束に付着していた血痕はほんの一部が葛のもので、ほとんどが陽子のものであるという結果が出ていた。
「あ...っ、ぐ・・・」などと苦しそうに伏せたままの雪弦。
握り直す時間さえ与えず、手首のあたりを蹴とばす。
転がった短刀を奪い、異形へ近づく。
異形は笛を吹くのをやめ、優雅に身を翻し校舎の暗闇に消えていった。
その瞬間、あの花の匂いも掻き消えた。
まだ葛は武器を持ったままであったため、異形の影響で丸腰の雪弦に斬りかかることも考えられた。
深追いは避け、野風は二人に駆け寄った。
葛はまだ異形の攻撃の影響が残っているらしくどこかぼんやりとしていた。
野風は耳栓を外し、雪弦へ近づいていく。
「ちがう・・・ぼく・・・じゃないですよね、
ぼくは守りたかった。なにが守護者だ。誰かの明日を奪ってまでこんなことしたくない・・・。」
ふらふらと歩み寄り、野風の衣服を掴み、涙を流しながら苦しそうに声を絞り出す。
「いいや、お前が斬った・・・櫻宮陽子を殺した。異形に操られてしまっただけだ。」
「・・・・・・。」
しばらくの沈黙。
「雪弦。」
短刀を雪弦に半ば無理やり握らせるように返した時、雪弦は絶叫した。
全てを思い出したのだ。
泣き崩れる雪弦を抱きとめたのは葛だった。
「なんでっ!そんな風に言うんじゃ!!」
雪弦の悲痛な叫び声を聞いて、飛び起きるように正気を取り戻した葛が野風に食って掛かる。
「お前らが楽しく青春ごっこで多少強くなったかもしれないが、化け物たちも桜ノ宮神社も容赦しねえ。
守護者は今後もっと過酷な戦いを強いられるだろう。俺だって、身体の弱い雪弦にこれ以上無理はさせたくない。」
苦虫をかみつぶしたかのような表情で野風は告げた。
ここで精神的な苦痛で守護者として続けていくことが不可能だと神社関係者に認識させて守護者をやめさせるのが一番なんだ。
きっと、生きていれば…。
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命は助かったとしても
この先ずっと苦しみ、自分を責め続ける。
あの時、自分が死ねばよかったのか。
もっと慎重に動けばこんなことにならなかったかもしれない。
春が来て桜が咲けば初恋の彼女を思い出す。
それだけではない。
いつもの学び舎の風景も、慣れ親しんだ街並みも、三人で鍛錬を積んだ場所を通りがかっても。
彼女は消えても思い出の欠片は街にあふれている。
夜眠ることができても、握った短刀の重さ、肉を切り裂く感触、浴びた血の生暖かさ、彼女のすすり泣く声。
最後に異形が彼女の白い足を掴んで引き摺って行く音が耳から離れない。
藤凪雪弦は幻覚、幻聴、幻触・・・様々な悪夢に支配され、心身共に疲弊していった。
元々か細い体型だったのだが、さらにやせ細っていった。
いつしか登校はおろか藤凪製薬での仕事もままならなくなっていったのだった。
今回のロスト・脱落者:藤凪雪弦...精神崩壊
怪我人:なし
今回の徒花の異形:誘う音色