年末カウントダウンSS01~05
第一弾:松井熛炬
「馬鹿野郎!」
そう言って引っぱたかれるのなんて何年ぶりだろうか。無感情に爺ちゃんの罵声を浴びていた。引っぱたかれた衝撃で下向いててよかった。今の顔見られたら反省してないってまた殴られそうだし。
年寄り特有の皺の多い乾いた唇が震えながらよく動く。唾液の分泌量が少ないせいか何度か咳払いをしたり唇を舐めてさらに言葉をつなぐ様もどこか他人事のように滑稽に思えてきた。
・・・爺ちゃん、いつの間にかこんなに年取ったんだな。
そんなことばかりが頭の中に浮かんでは消えてを繰り返していた。
六花に渡した花火玉のことだって、確かに素人に、しかも大切な人が死んだばっかりのなんも見えなくなってるような精神状態の奴に渡すこと自体おかしいのは分かってるけどさ。
いいじゃん。強い異形をオレのナイスアシストで倒せたじゃん。
「...褒めろよ。」
「おい、熛炬。なんか言ったか」一瞬の場の空気がひやりとした。
やばいやばい。声に出てたか。ここは猛反省している顔しないと・・・
「ごめん、本当に取り返しつかないことしたって思ってる。この命に代えても他の犠牲になった仲間の為にも俺に与えられた武器の使い方、しっかり考える。」
「命に代える・・・と、わしは! お前には死んでほしくなどない。・・・生き残ってほしい。」
爺ちゃんはオレが死を仄めかせば、冷静さを取り戻したようだ。
「うん、頑張るから...爺ちゃんにも認めてもらえるように今まで頑張ってきたけど、兄さんの怪我を治す為にも一体でも多くの異形倒すために...いろいろ大切なことも見失ってた。自分勝手だったなって・・・」
「熛炬・・・すまない。わしは...」
皺の深い目元を縁取るように涙が祖父の目には滲んでいた。
「いいんだ。爺ちゃん。」
枯れた枝のような手が必死で熛炬の服を掴んでいた。ぎゅっと自分よりも一回りも二回りも小さい身体の祖父を抱きしめる。
その瞳の奥には祖父や兄を想う愛情など一切含んではいなかった。
第二段:光月総一
帰宅すると面倒を見ていた黒猫が死んでいた。何時間もたっていたせいか。ぬくもりはまったく感じられず、生物特有の柔らかさも感じられなかった。
どこかで見覚えのある黒猫がカラスにつつかれ弱ったところを見つけて咄嗟に助けてしまった。目のあたりもつつかれたのだろう。
片目だけ上手く開けられず歪な表情をする猫は動物病院に連れていき治療してもらった後、僕が面倒を見ていた。
不慣れなメッセージアプリで女子高生の彼女が何をこちらへ送るのか少し楽しみにしていたが、自分の気持ちを素直に言葉にできなかったのか、返信に困ったようで彼女は「けいかいしんの強かった子が少しだけなついてくれました」とメッセージのあとに珍しく画像もついていた。黒猫になかなかピントが合わないようで、普段も指が映っていたり、ぶれている写真も多かったが、黒猫...らしい黒い塊の映った写真を見て少し笑ってしまった。
次に会った時にそのことについて指摘すると、「一番上手に撮れたと思っていたのですが...」と少々落胆してしまったので、黒猫のモチーフのバッグチャームと人気のある液状のスティックタイプの猫の餌をプレゼントした。
ざくざくと庭の土をスコップで掘る。飼っていたペットを火葬してペット霊園に・・・というサービスもあるのは知っているが自分が面倒をずっと見てきたわけではないし、土に埋めてあげるのが一番だろうと判断した。
「・・・・・・。」
両手におさまる小さな体を無感情に見つめていた。か細い水脈から湧水がじわりじわりと湧き出るように、様々なことが脳内を満たす。
『この猫はきっと陽子に撫でてもらって、長く生きることを望んでもらっていたんだよな』とか
『お前の目にはどんな陽子の表情が見えていたのだろう』と、くたびれた亡骸を穴の中に横たえた。
「今度こそ守ろう」そう決めていたはずの奏も目の前で死んでいった。六花さんがあんなに悲しんでいるのを見て、心に浮かんだのは「俺もさっさと死ねればよかったのに」という言葉だった。
せめて一体でも巻き添えに...そんな守護者らしいことが言えればよいのかもしれない。願いなんてとっくに自分の中では、どうでもよくなってしまった。
第三段:菊大路万里
人の死は慣れない。
「よくやった!万里!しかし飲みすぎはよくないぞ!」
朝方吐いていると背中をばしばしと叩きながら、生き残ったことを喜ぶ家の人間。気分が良いのか笑いながらどかどかと大股で歩き去っていったようだ。
何組も異形の前に倒れ、当初に組まれた組み分けなど意味がなかったかのように再編成され戦闘に駆り出された。自分たちの組は生き残っても片方の組で誰かが死ねば耐えきれず酒を煽り、翌日は洗面台でこうしていることもしばしばあった。
始めは三人で「お疲れ様」なんて飲み交わしてた夏の日が、とても遠い昔のことのように感じた。
残りは4人。12名いた守護者は多くが死んでしまった。リスペクトしまくってた三光は既にぼろぼろで何に縋っていけばいいのだろう?
ひー様のことは小さい頃から見ていたし、亡くなった事実はいまだに上手く呑み込めず胸の中でじわじわと熱を持っているかのように残り続けている。ひょご様はなんか顔死んでね?怖くね?ってときあるし。総様はなんか遠く見てて死相半端ないって心配になるし...。
夏の頃はみんな異形倒して願い叶えるぞってめらめらーってしてたじゃん。ほんと・・・どうしちゃったの?元気少ない?って感じ。
いつものふざけたノリでどうにか平静を取り戻そうとする。ざあざあと流れ続ける蛇口に両手を入れ乱暴に顔を洗った。吐き気も徐々におさまってきた。いつもより入念に、こんな顔をしていては店に立って笑えない。ごしごしと何度も顔を洗う。
「万里?そんなに強く洗っては肌が荒れるわよ?」母が起きてきたのか心配そうにこちらを見ていた。
「あー。今日も団体さんの予約入ってるし!切り替えようと念入りに顔洗ってただけ!気にしすぎ!」
「でも...昨晩も...」
「大丈夫!怪我も大したことないから。今日も一日働くぞ~ってね!」
これ以上顔を見られると小言やいらぬ心配をかけそうだった。
自分を産んだ母であり、女は勘が鋭いってよく言われるし、さっさとその場を去り今日も店を開ける準備に取り掛かった。
第四段:美菖蒲葛
目覚めと共に本来の名を呼ばれた気がした。やはり違和感は日に日に濃くなっていく。歌を詠みあげ刀を握るあたりで記憶があやふやになる。
関係者を通して美菖蒲としての頼み事やこの違和感の正体を知ろうにも桜ノ宮神社は今は回答は控える等のお役所ばりのスルースキルで避けられる。
運よく生き残ってしまった。それが一番しっくりくる気がする。本当にそれだけだったのだろうか。黒幕とやらの存在を匂わせるがもしかしたら未確認飛行物体がうちの駐車場に停泊して掃除終わりで昼寝してた時に未来人グレイが俺を攫って頭をいじくって...俺を黒幕に!とかはないんじゃろうか...いやしかし、そうだったとしても覚えていないのが残念過ぎる。
自分の好きなことばかりに脱線してしまって、きっと迫りくる新月の日に内心怯えているのかもしれない。柄にもなく小学校以来使っていなかった書道の道具を引っ張り出し、遺書を書こうかとも思
った。
たまに総一がじっとこちらを見ているような気がして、守護者の時の違和感について何か知っているかと尋ねてもやんわり返されるわで...三光の連中はなんだかよく分からん。
この時期になると雪景色の中はしゃぐ彼を思い出す。
何年前のことだったかちょうど十二月の半ばで寒波がきて、朝開けると外は雪景色。いつもよりも早く雪弦の家に行くと使用人の制止を振り切ろうと暴れる雪弦がいた。手袋とかなり厚手のマフラーでぐるぐる巻きにされている雪だるまのような装いで暴れているさまはコメディ映画のようだった。大声で笑うと、むくれてしまった。
藤凪家の庭で小さな雪だるまを何個も作った。寒さは体力のない者にとっては大きく体調に響く。何年も前からずっと通ってくれた近所の爺さんがぱったりと来なくなったので他の常連の爺さんに聞いたら、寒さのせいか体調をくずしてそのままぽっくりと逝ったと聞かされた。何年もあやめの湯で番頭や掃除をやってればそんな別れも一度や二度ではない。
雪弦からけほけほと乾いた咳が出た。「そろそろ中に入ろう。」
「え!やだよ!!まだ雪だるま作ろうよ」
「雪弦。」
少し厳しめに言ってもその日は頑固だった。
「う~~」その後も駄々をこねる雪弦を引っ張り家で遊んだ。
―なあ、俺が何かにずうっと操られてて。
実はあの桜宮のじゃじゃ馬を斬ったのはお前じゃなくて俺だったら、お前はこんなに壊れるほど傷つかなくて済んだんじゃろうって...いつも思うんじゃよ。
違和感のこと熛炬にも相談したいが、万が一熛炬が黒幕だったら?
仲の良い友人でも時々ぞっとするような冷たい表情をしている彼をこの守護者の招集以降は目にすることが何度かあった。決して自分に向けられるものではないものの、その深海のような暗さの目を見てしまうと相談自体が自分の弱みを見せてしまう行為だと頭のどこかで警鐘をかき鳴らされるような感覚に陥る。
まるで自分に憑依してる誰かに手綱を握られている気がした。
こんなことを誰かに相談してしまったら自分がもしかしたら黒幕だと疑われるじゃろう?
自分が他の三人の立場だったとしても絶対疑う。ぽつぽつと雪弦の自室で真っ白な手を握って話しかける。
相も変わらず反応はない。もう守護者としての役目から解放されているから何を話したっていいだろう。
「これなオカ研の大部室掃除のときに見つけたんじゃ。」
花札の絵柄の入った十二面ダイスはしばらく机の引き出しに仕舞われたままだった。
11月に入ってから立て続けに死んでいった守護者の部分に傷が入っているのを確認してから、サイコロを見つけた時に思い浮かんだ可能性を否定できずに、またその考えを誰かに打ち明けることなくほったらかしていた。
「雪弦のとこにも傷が入ってしまっておって、それが嫌で何度か修復しても次の日にはまたヒビが...」
「葛さん、お茶をお持ちしまし・・・」
がちゃんと大きな音が響く。
お盆を落とし、急須や湯呑が落ちたことを気にもせず、雪弦の面倒を見る使用人は花札の模様の入ったサイコロを雪弦の視界から消えるように葛の手から奪い乱暴に投げつけた。
「もう坊ちゃんは、守護者とは関係ありません!どうか、どうか!もうお辛い事を思い出させるようなことは...!」
そう言ってわんわんと泣き崩れる使用人。
雪弦は大きな音がしてもこちらに全く無反応だった。
使用人はそれも含めてつらかったのだろう。辛い事でも少しでも反応を示すようなことがあるならば彼が良くなる可能性だってあった。しかしそれすらない状況を見れば彼がこの先ずっと廃人のように死んだような目で虚空を見続けることが容易に想像できる。
雪弦のことを一番思って、雪の降ったあの日もマフラーでぐるぐる巻きにしていた使用人さんだった。自分の手はあかぎれだらけの優しい使用人さんだった。
「すまん。どうかしていたようじゃ...。今日はお暇させてもらう。」
そう言ってサイコロを拾い、その場にいられるほど強くない葛は帰路につく。
この時の葛は気づいていなかった。サイコロに新たにヒビといえないほどの浅い傷がひとつの面についたことに。
第五弾:朝桐と名乗る青年
クリスマス寒波と騒がれる中、落花市は珍しく雪が薄く積もった。
その後も夜中にうっすらと降る日もあり、子どもたちが元気に外を駆けてゆく。何もない、何も変わらない昔の風景を残した情緒のある街並み。
そんな落花市なんて滅びてしまえと思っている。
今朝も規制線に阻まれながらも、物珍しそうに境内を覗く住民と本来であれば三が日の参拝客を見込んで大勢の人が準備でにぎわったはずの桜ノ宮神社はしんと静まり返っていた。朝ほんの少し降ったであろう雪を感じさせる鹿子模様に飾られた屋根瓦、不気味に時折鳴くカラスの声。
参拝の道から外れ、玉砂利をざくざくと歩く4人は言葉少なに社務所へ向かってきていた。
大晦日、関係者の朝桐と名乗る青年は生存している守護者を呼び出した。
「今回の守護者の取りまとめおよび、神器の奪還のために君たちを召集していた神主が災厄をもたらす徒花の異形を操る者によって殺されました。」
淡々と青年は告げた。その後は被害状況の共有となった。
神社で保管されていた犠牲になった守護者たちの花札も行方が分からず...。保管できていたのは6枚であり、生存している守護者の所持している4枚は別として、今もなお萩に猪、桜に幕の2枚に関しては守護者の行方不明の後回収ができていない。基本的に守護者として選ばれた者以外はあの花札を持って歌を詠みあげようとなにも起きることはないという状況を説明した。
矢継ぎ早に説明をしたものの、何度か移動や状況報告、襲撃後の後片づけで見たことがある程度の男の話を4人は信用することができずにいた。元来胡散臭く、黒い噂もあった桜ノ宮神社の関係者であるならより一層不信感が増すのは当然至極のことだ。
そんな表情を感じ取って、さらに話し始める。
「僕はですね、百年前どうにか光月家と櫻宮家に認められて最後の名家に選ばれるはずだった家系の者です。しかしあと少しのところでぽっと出の野良犬のような育ちの悪い商人の家系にその地位を奪われました。金に目がくらみ神器である花鏡を盗む際に割ってしまった商人を今後この土地に縛り付けて末代まで使い続けるために、飼い主が首輪を与えるように名を与えました。いうならば...あいつらはこの土地の人質です。」
今回も僕が十二の守護者として選ばれると思ったのに。召集されたのは桐月の人間でした。百年前のこともありますし、成り損ないの僕は関係者として桐月だけではなく皆さんを監視していました。でもなかなか尻尾を出さないものですね。
-あなた方の中に裏切者が一人いるはずなのですが...
「・・・っ!今まで黙って見てただけって聞こえるんじゃが?」
「そうなりますね。僕は武器も装束も与えられてない一市民ですから。この落花市を異形たちから守って、あなた方はどんな願いでも叶えてもらえるんでしょう。だったら僕のような市民だって守る対象でしょうが。」
にっこりと悪気なく青年は笑う。
「・・・・・・。」
絶句する4人を尻目に青年は話を続ける。
「まあとにかく!神主が死んで三光のバランスも今後どんどん狂っていくでしょう。次の新月はもうすぐです。あと三体。一人一体ずつ倒してもおつりが返ってきます。また松井家の火薬でも抱えて敵にしがみつけば案外簡単に片づけられるかもしれませんよ。」
「もういくつ寝るとお正月~♪ってね。あはは!あなた方は実ることもできない不能な徒花ではないのですから!期待していますよ。」
そう残し朝桐は去っていった。