進行4話 

「視線の先」


第八戦A (十二、一、二組)
場所:場所:南地区 パチンコ店 ラッキー777付近
視点:氷梅 六花 


 当初、南地区の"ラッキー777"というパチンコ店で異形と遭遇した。

店内へ偵察に行った野風さんは「場所が悪すぎる」とすぐに判断し、開けた場所へ誘導するように戦う場所を変更を指示した。

店内へ踏み込む前から、異形を別の場所へ誘導することは決めていた。

力の強い舌で40キロ近いスロット台を投げられようものなら、腕っぷしの強い野風さんでもひとたまりもないのが目に見えていたし、屋内では離れた場所から狙撃する六花には不向きである。


しかし、こんな形で誘導する羽目になるとは思っておらず、大声をあげて表の大通りへ駆け出した野風さんを目の当たりにした私たちは啞然としてしまった。

数秒後に、熛炬さんが舌打ちしていたし、私もため息をついてしまった。

頭の上に腕で大きく×印を示しながら、走り去る野風さんとその後ろをどすんどすんと大きな音を立てて飛んでくる異形。

こんな...と言っては失礼だが、この近くに十分に土地勘があるようで、野風さんは器用に異形を誘導し空き地にいたる。


異形はというと

『じャんじゃンばりバり...ばりばり...おは天カら5万勝ち!いやぁ最高だねェ』

『今日ハ あの新作台ニ 全ツッパすルって決メたシ!』

『デケデケデッ♪ デケデケデっ♫ ヤー!』

などと、最近の捕食場所がパチンコ店の近くだったこともあり、そういった客層の言葉を操っていた。

「199.8分の1引けねえんだよなあ・・・」

走りながらパチンコのこと考えられる程度にまだ余裕があるようだ。


「車の音...」

六花はいつも通り、作戦や指示を済ませた後にホテルの非常階段が適していると判断し、狙撃位置を見つけ待機していた。

所持している双眼鏡で音がした方角を咄嗟に確認すると、駅方面へ車が走っていった。

守護者か神社関係者か・・・何かあったのは明白だが、今は気にしている場合ではない。


新月の夜、時間が止まった落花市は守護者と一部の関係者しか行動ができない。

それは市民が巻き込まれないように桜ノ宮神社の力で術がかけられているらしいと聞いてはいたが真偽は不明であった。


神社関係者から今回の異形に対し「弱点は舌の切断だと思われる」と指示があった。

刀を持つ野風さん頼りになってしまうものの、野風さんがまた舌につかまってわーわー叫んでいる。

そのたびに弾丸を打ち込んで解放されれば刀を構えて体勢を整える間時間稼ぎするしかなかった。


熛炬さんの攻撃の後ひるんだところを斬るよう指示したのに…

あの人は何歩か走ると作戦を忘れるような術を異形にかけられたのだろうか...。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その日、光月さんに手渡したものは古典の先生から"私の落とし物"として受け取った封筒。

その中には桜ノ宮神社のお守りが入っていた。


花札については神社側へ返すべきであるのは明白だが、踏み切れずにそのまま両方まとめて光月家に判断を任せようと向かった。

学院で封筒を受け取ったあの日、中身がお守りだとわかったときに明らかにお守りは通常の中身より厚い何かが入っていた。

お守りの中身を開けて中身を入れ替えるという行為自体、罰当たりであるわけで・・・。

陽子先輩が遺したこれは神社関係者に見られたくない"何か"なのかもしれない。咄嗟に陽子先輩とお付き合いしていた光月さんのことが頭に浮かんだ。


生前、陽子先輩が少し恥ずかしそうに恋人について話す時、年相応な表情をしていたことに驚いた。

きっと彼女が何かを伝えたい相手は―――


中身について、これ以上詮索するのもいけないからと、そそくさとお暇しようと思ったけれど...その旨を声をかけたが光月さんは無言でそれを開け始めた。


「・・・・・・。」

男の人が涙を流すところをあまり見たことがなかった。

勿論、それをじっと見つめてしまうことが失礼に値することも重々承知しているが、目を離すことができなくなっていた。


遺書だったのかもしれない。

恋文だったのかもしれない。


はっと我に返り、小さく「それでは、お邪魔しました」と残し光月邸を後にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


第八戦B (六、八、九組)
場所:北地区 刑場跡地
視点:菊大路万里


 既に多くの犠牲を払ったつもりでいる。

ゆるーく、何事も楽しく。

少し嫌なことあれば、おいしい酒飲んでバカ騒ぎしてる様子をSNSに上げて。

安っぽい自己顕示欲も満たせたし、本質的なつながりなどなくてもフォロワーの数で友達がいると錯覚できた。


これ以上何を差し出せば、願いが叶えられる?


本当にダルい。異形とか桜ノ宮神社とかSNSのアカウントみたいに全部ブロックできたら楽なのに。


 今夜は雨が降りそうもなかった。

当然だよね。最近は空気が乾燥してるくらいだし。

そんな秋の良い天気でも雨を降らせる彼が今日はいない。


補充要員として来た"かなち"こと蝶乃奏は緊張した面持ちでこちらへやってきた。

総様はかなちを励ます言葉と、今夜一緒に異形を倒して生き残ろうと鼓舞している。

兄弟のような自分が入り込めない雰囲気。

変に茶化したり、おどけて空気を壊すようなことはせず、空気の読める俺は静かに見守っていた。


――あの新月の日の後、殴ってしまったことを謝罪しに行った。

三光は菊大路家にとって特別である。そんな三光の総様にいくら目の前で人が死に、感情が昂ったとはいえ手を挙げたと知られれば自分だけでなく菊大路家の立場も危うくなる。

謝罪の言葉をひたすら口から吐き出して土下座していたら頭を擦り付けすぎて畳の匂いをめちゃくちゃ吸い込んでいた。

涙なのか鼻水なのかもう何かわからない液体が高そうな畳に染み込んでしまったくらいだ。

情けないほどにしゃがれてしまった声は調子外れに上がってしまうし、謝罪の言葉は支離滅裂だし。本当にカッコ悪いったらないよね。


でもさすが総様。

俺の手を握って、

「万里・・・大丈夫。俺のせいだから。美志さんが死んだのも。

 ―――でも、決めたから」


その瞳を見れば、彼の覚悟を理解できる。

俺も死ぬ気で戦わなきゃって思える感じ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


???「さあて。こいつを何処に放とうかな。」

大きな身体をしたそれはじゃらじゃらと鎖の音をさせると、乱暴に鎖を引いた。

もう一体のそれは「ぐうっ...」と声にならないような苦しそうなうめき声をあげ、砂埃をあげて地面に突っ伏した。

???「あーあ、悪かった。口元だけでも楽にしてやるか。」


猿ぐつわを外してやると、深々と頭を下げた。

???「お前失敗したら後ろから撃ってやるからな?」



 三人が無事集合した後、急遽神社関係者から連絡が入った。

「今回北地区の刑場跡地へ向かっていると思いますが、南地区へ行ってください。異形が移動したようです。」

北地区から南地区へ向かうにはあまりにも時間がかかる為今回の目的地まではその関係者が三人を車に乗せ南地区の目的地付近まで送っていた。


目的地の目前、注意深く進んでいる最中に、何かが聞こえる。

目くばせしながら、極力足音や衣擦れの音さえ立てないよう近づくと何かの声が聞こえた。

苦しそうななにかのうめき声は、しゃがれた男の声だったとわかった。

『―――してくれ...許してくれ・・・』


「一般人か...?」

罠かもしれないと注意深く三人で進む。


駅より少し南の位置にあるこの公園は住所を持たない所謂ホームレスが数名寝床として不法占拠する。あまり子どもの寄り付かない公園であった。

その開けた公園の真ん中で平身低頭して許しを乞う異形であった。


罪人のような恰好をした異形は手枷の鎖を鳴らしながら顔を上げ、俺たちを見た。

『お前ら、敵...?敵は...全員殺せ...三光のアいつに――いわレた。』 

顔を上げたそれは引き攣れた口角を無理やり上げ、にやりと笑う。


足音で判別したのか、三人と確認するように奏、総一、万里を順に指さした。


鎖の先にある鉄球を煩わしそうに引き摺っている。 

その刹那、暗闇から日本刀が投げられる。


左右の手首を縛っていた手枷の間の鎖は割れ、仰々しく夜空へ手を伸ばす。


『感謝します...かならず...かならず化け物を殺して、オレは許される・・・』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

視点:十二、一、二組


 松井熛炬の花火玉がぴょんと跳んだ異形の腹部に当たり火花が炸裂する。

無様に地面に伏した衝撃で異形はおえっと汚い声を出し、げえげえと口から何かを吐き出した。


まだ皮膚や筋肉組織を一部残した男性の遺体。


その後も吐き出し、二名分の頭蓋骨が確認できた。最近このあたりで行方不明になった男性だろう。

顔をしかめたくなるほどの異臭。

そんな時だった。


『ひーにい?』


明らかに場の空気が凍ったように感じた。

異形はパチンコ店付近で捕食した男性を吐き出した後、声色を変えた。

おそらく直近で食べた者の声を操るのだろう。


捕食対象が話していた内容だけでなく知識も得ているとしたら...


『りょうにい?こコだよ。助ケて・・・』

怪訝な顔をしていまいち状況が呑み込めていない野風

真顔で何を考えているか推測できない熛炬

嫌悪感で吐き気を催して銃を取り落とした六花


ある程度の利き目を感じた狡猾な異形はそのまま猪間真心の声で話しかける。

『撃たないで...私にアタっちャうよ』


「まこは死んだよ。とっくに消化されてるだろうな。」

淡々と無感情に話す熛炬


「聞き覚えある声だと思ったら、この前の嬢ちゃんの声か・・・」

致命的な記憶力の野風もこの状況を呑み込んだようだ。

ぐっと眉間に皺が寄り親交は深くなかったとはいえ表情には許せなさと怒りで口をつぐむ。


「・・・・・・。」

しばらくの沈黙の後、野風が刀を再び構える。

怒りで我を失っては相手の思うつぼだ。深く深呼吸をし、熛炬に語りかける野風。 

「おい、ときわ...」

ずどんと音を立てまたもう一撃異形にぶっ放す熛炬。

咄嗟の判断が速い野風は弱りかけている異形に向かって駆けだした。

未だに真心の声で悲鳴を上げたりしている異形。


「ほんとお前、胸糞わりいな...さっさと死ね!」

容赦なく舌を切断し悶え苦しむ異形を何度か切り付けると、いつしか動かなくなった。


異形を雑に捌き、猪間真心の所持品や花札を探したがどれもそれらしきものは見つかることはなかった。


夜が明けぬことを察するに、まだもう一組が戦闘中なのは明白だった。

熛炬、野風の二人はラブホテルの非常階段でうずくまっている六花の無事を確認する。

「あっちはまだ戦闘が終わってねえ。支援に向かおう。」

野風は体調の悪そうな六花を肩に担いだ。


「うっわ。お米様抱っこってやつっスね。さーすが野風。」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


視点:氷梅六花


 お二人があの異形を倒してくれたせいか、どうにか気持ち悪さも落ち着いた。

まだ耳からあの異形が出した真心さんの声が離れないが、もう一組のことも心配だった。

肩から下ろすよう野風さんに訴え、自力で目的地へ向かう。


公園を出て、車がとまった位置は遠くなかったはず。

記憶を頼りに駅に向かう道を進んだ。


駅南の公園に近づいた時、上空に漂う人型の異形と、異形に捕まった人物が見えた。


『あぁ...その声...そっくりだ...。こいつも、お前も。』

「うぅっ...!」


『あの時もごめんな...痛かっただろう。』

同情するかのように碧色の髪を撫でる異形の声は慈愛さえ感じる。

そんな声色とは逆に首を絞める力は徐々に強まっていった。


「奏・・・?」


異形に後ろから拘束されている宙づりになっていたのは蝶乃奏であった。

異形は奏の首に腕を回し頚動脈をふさぎ、奏はもがき苦しんでいるようだった。


私の声に気づいた野風さんが熛炬さんに異形もろとも撃ち落とすように言ったが、咄嗟に止めてしまった。


熛炬さんの花火玉では奏も巻き込みかねない。


―――どうすれば


きっと同じように手を出せずにいるのだろう。

真下の地点にいるであろう光月さんの弓も、菊大路さんの縄鏢も。


しかし

ドス...っと音を立てて何かが異形に当たる。


ぐらついた異形が奏を落とした。


私は動きにくい装束で全速力で走った。


公園の入り口の三段の階段をひとっ跳びで上がり、彼の元へと走っていった。

後ろでは追撃をするように熛炬さんの花火玉を打ち上げる音が聞こえる。


光月さんと菊大路さんが奏さんの手を取り、呼びかける。

息はあるようだったが、異形が落としたときに落下地点が悪かったのか全身を強く打ったようだった。


息も絶え絶えでどこから出血したのか分からないため処置もできない。

砂地に滲む血の量は増える。六花は震える足でやっと彼のもとに辿り着いた。


「りっか・・・?」


長く綺麗な指が繊細に奏でる音が大好きだった。

演奏会の後のハイタッチは、つらい練習に耐えてきてよかったと思えた。

いつか、左手の薬指にお揃いの指輪を付けることを夢見た。

白く小さい手が彼の手を取ろうと手を伸ばす。


しかし、それは叶わず糸が切れたかのように地面に落ちていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

今回のロスト・脱落者: 蝶乃 奏

怪我人:1週間程度 光月 総一、菊大路 万里、桐月 野風  

今回の徒花の異形:知識を得た快感 盗人の贖罪

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