進行3話 


第六戦A (八、九、十一組)
場所:西地区 自然公園に近い住宅地
視点:光月 総一



 あっという間に夏が終わり、次々と守護者が倒れ強襲が続く。

取りまとめともいえる桜ノ宮神社の一人娘の首を取ったぞと挑発するかのように。


 未だに彼女の花札も見つかってない。

彼女がどのように死んでいったのかも僕にはわからない。

彼女に伝えることすらできなかった抱えたまま重くのしかかるこの想いも

まだ一度も握れずにいるこの背中に背負っただけの飾り物の弓も・・・


もしかしたら、僕が死ぬことで―――


あるいは―――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 やはり今日も雨か。

そう思ってちらりと美志さんを見やると

「俺だって雨降ってほしい~とか思ってないんですよ!」とむくれていた。

有難いことに僕たちの組はまだ一人も脱落者が出ていない。

不死の海月や誘う音色など強力な異形に当たることがなかった。


今回の出没地点は自然公園から少し東側の北地区と西地区にまたがる住宅地のあたりだった。

「車両によるひき逃げ」という扱いになっているものの。

路上を執拗に引き摺り回したかのような血の跡があり、住民を恐怖に陥れた。


「住宅地ってさすがに範囲が曖昧すぎ~もうちょっと働いてよね桜ノ宮神社ー!」


「・・・・・・。」

「万里くん...」


言いずらそうにぼそっと美志さんが万里をこづいた。

「あー...、ごめん、総様」

重い沈黙が流れる。

「ううん、気にしないで。」


時期のせいか、肌寒い夜に小雨が降るとだんだんと寒くなってくる。

守護者の招集は夏本番の暑い時期だった。

招集されたあの日、すでに目前にせまりつつある脅威や役目に臆することなく振舞っていた彼女は一人のただの少女だったというのに。

いまだに、藤凪雪弦との接触は家の者に阻まれ叶っていない。

彼女の死の真相を知らないままだ。心の整理がつかないなんて言い訳をしている場合ではないのも理解はしている。


 歩を進めていくと、住宅地に差し掛かった。

うっすらと匂いがしたものの1時間ほど歩くも匂いは濃くもならず薄くもならず、遠のいているのか近づいているかもわからない。

嫌な言い方をすれば一定の距離を保って囲い込まれているような感覚。

生活感のある住宅地は術式の為、静寂で包まれており人の気配はないが、異形の気配すらもない。


「匂いするけど・・・方向は分からないや。」

「うーーーん・・・」

一方通行の狭い路上は見通しも悪く、頼りない街灯は小雨でさらに視界が悪い。

無言で三人で歩き続けていた。


何本目かの曲がり角で鈍い衝撃音が響く。

少し開けた道に出たとき、高速で迫ってきたそれは大型バイクサイズの猪だった。

「うっーーー!!」

万里が持っていたビニール傘が視界の端で舞うのが見えた。


少し前を歩いていた万里が弾き飛ばされた。10メートル後方でうずくまる。

さらに後方ではUターンした異形が万里に狙いを定めている。


異形は鼻息荒く後ろ足でアスファルトを蹴る仕草をしていた。

力を貯めるようなその動作に、すぐさま美志さんが間に入り身を挺してかばおうとした。

「僕が止めます!総ちゃんは弓を!」


「でも―――僕には」


「それしか手がないんです!」


弓を握り矢筒から矢を取り


構えた


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

第六戦B (五、六、七組)
場所:南地区 娯楽施設
視点:猪間 真心 


 毎晩震える手でスマートフォンを握る。

今日はメッセージがきませんように...

21時を過ぎてメッセージがなければ、一気に身体の力が抜けてどうにか眠りにつける。


メッセージが来た夜にはそのメッセージを開く前に

「今夜は私たちの組に―――」

これ以上は言っていけない言葉だとわかっていても願わずにはいられない。

そう願った日の翌日に雪弦くんがひどく精神を病んで守護者の任から解かれたことも知った。


罪悪感や不安を抱えたままの眠りが上質であるはずがない。

夜中に何度も目を覚まし、窓から差し込む月明りはあの日の異形の姿に見えてしまう。

そんな日々を過ごしていたら、心も体も摩耗していくばかりだった。


「・・・あれ、今日って天気予報雨だったかしら?」

ただでさえ髪のこともあり、じめじめした天気は嫌だというのに、小雨が降り始めた。

未だ心の整理もつかないのに、私はこの場に立ってしまった。


「うーん。今日は西地区にも出てるし、柳さん影響じゃないかな。」

奏君はいつも通り柔らかい口調で答えてくれた。


そんな声の調子もあって、今から戦闘を控えていることを自覚できず雨に濡れて体温がどんどん下がっていくように、自分の心もどこかに抜け落ちていくかのような感覚を覚えた。


ぽつぽつと降っていた雨がザアザアと振り方を徐々に強めていく。

今日の異形の出現が確認された目的地は南地区、ゲームセンターや映画館、パチンコなど様々な娯楽施設の立ち並ぶ地区。

この異形については娯楽施設を点々と移動しているらしく、出現地点を1箇所に絞ることは出来ていないようだ。

雨が降ると匂いも薄く、かき消される。


「腑抜けた顔しよって。」

「え・・・」

吐き捨てるかのような言葉が自分に向けられたと認識できずに間が抜けた声を出してしまう。


「そんなんじゃ背中を預けることができんぞ?まあちっこいから背中預けようにも無理かもな!」

覗き込むように視線をかち合わされ、尻もちをついてしまう。


「つらいのはみんな一緒...そんな言葉で片付けたくないけれど。

 もうこれ以上つらい思いを積み重ねないように、頑張るしかないんだよね。」

自然にぱっと手を差し伸べてくれる奏君は本当に優しい。


「ありがたいことにバランスがよい組じゃ。後ろは任せる。」 

葛君だって意地の悪い言葉選びであるものの、私を励まそうとしてくれたに違いない。


 直近で目撃情報のあった映画館に先に回ったものの異形はおらず、ゲームセンターやカラオケ、ボウリング場が入った複合施設に向かうことにした。

エントランスと総合受付を兼ねた二階のエリアへ入るとかすかに例の匂いがした。

吹き抜けになった大きな遊技場のようなゲームセンターのコーナーには異形の姿は確認できない。


「だとしたら、一階のカラオケか三階のボウリング場か・・・」

ぼそっと奏がつぶやくと

「奏君がこういった施設を知っているって意外なのだわ。」

「オレもそう思った。」


「いや、え~っと・・・その・・・」

と途端に顔が紅潮する。


「女じゃ。きっとそうじゃ。」

「いや、もしかしたら一人カラオケとかいう趣味を持っているのかも!」


 あの日以来、登校できるようになってからも引きこもりがちで。

こうしてたまに外へ出て話すと気が楽になる。

皮肉にも新月の夜ではあったものの、束の間の年相応の女の子でいられた気がした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

視点:蝶乃 奏


「―――それじゃ、行こうか。」

エレベーターは万が一の際に逃げ場がないため階段で上階へ向かう。

自然と葛、奏、真心という順番で並んでいくことになった。


踊り場に差し掛かった時に葛の足が止まる。

「なんか、声聞こえんか?人の声・・・みたいな・・・」

耳を澄ますとかすかに聞こえるが、さきほどいた階はゲームセンター特有のアーケードゲームやクレーンゲームの筐体の音がうるさく、どちらの音かは真心には判別できなかった。


「でも匂いもわずかに濃くなったように思えるから、油断しないように。」

先ほどよりもゆっくりと足音を立てず階段を上る。


そして三階につくと、開けたボウリング場


入口から離れた奥のレーンに異形がいた。


『ガガガッガ... イらっシャいマセエ ピーピー 料キンはセンにひゃくゴジュウえん・・・』

『おがぁサーン、あレ、アレほシイヨぉ――』

こちらへ振り返った異形はボウリング場の昼光色の蛍光灯に照らされ輝いた目をこちらへ向けた。

その瞳は一切の曇りがない無垢な瞳。

貪欲に何かを求めるその輝きでこちらを凝視して嬉しそうににんまりと口角を上げた。


「何、こいつしゃべってる・・・?」

今までの異形とは異なり、人の言葉を使ってくる。

人工的に切り貼りされたかのような一音一音が別の人の口から発せられた声質。

時折ノイズがかかり、音は調子はずれでぞっとするような不快感を覚える。

どしどしと音を立ててこちらへ近づいてくる。

口角を上げたまま、ぎらついた瞳は瞬きせずこちらを捉えたままだった。


「くそ!気持ち悪い蛙じゃのォ!!」

そう言って刀を抜き、葛は蛙に斬りかかる。

お見通しかというように、舌を伸ばし近くにあった座席で葛の剣撃をいなした。

「ぐぅ・・・!」

体勢を崩したものの、葛は無傷のようだ。


「真心さん!」

「うん!」

奏の意思をくみ取って、真心は焙烙火矢とライターに手を伸ばす。

さっきまで爛々とした目で葛を見ていた目はぐるんと気持ち悪い回転を加えてこちらへ向いた。

すかさず真心と奏を守るための障壁を生成する。


それに嬉しそうに目を見開き、異形は近くのボウリングのピンを舌で絡めとり障壁へ叩きつける。

試すかのように一定の間隔でガンガンと叩きつけ、ピンが割れればそれよりも強度がありそうなへ舌を伸ばそうと迷う仕草さえ見せた。


葛はその間に体勢を整え再び斬りかかる。

その異形の巨体でも動きは意外にも早く、何回か転がっていたピンで剣撃を防ぐとぴょーんとレンタルボールが並ぶ方へ飛んで行った。

後ろに回り込まれ奏は障壁を解除し、様子をうかがう。

その間も葛は狙いを定め異形を素早く追う。


「よぉく肥えとるのにいい動きじゃの!」

『イタァい...まあた ヤラレタ...』

「一回も当たっとらんくせに!猪口才な!!」


売り言葉に買い言葉。

この異形、こちらの言っている言葉もある程度理解しているのだろうか...


奏がそう思った瞬間、冷や汗が背中を伝う。

「葛君!!!危ない!!」


この異形は誘い込んでいた。

レンタルボールが並ぶ棚はいわば銃の弾倉。

長い舌で相当な重さのあるボールを絡めとり振り回すかのようにこちらへ放った。


咄嗟に伏せて直撃を避けたものの天井の蛍光灯に当たったせいでガラスの破片がばらまかれ、停電したかのように明かりが落ちる。

急に暗くなったこととガラス片や破壊された棚の木片で所々切り傷ができていた。

衝撃で飛んできた椅子にぶつかり倒れたらしく腕の感覚が鈍くなっている。

痛みにうめき声を出したくなるが声を発したら場所がばれて攻撃されるかもしれない。


葛君はあの距離で攻撃を避けることができたのだろうか...

真心さんは...


どしどしと異形が歩く音が聞こえる。


「いやああああ!!!離して!!!!」


叫び声の後、焙烙火矢の炸裂音が響く。

「真心さん!」

暗くぼやけた視界の中、声がした方を頼りに振り返る。


「足が動かないの!助けて・・・お願い・・・来ないで!!」

きっと先ほどのボールが足に直撃し骨折でもしたのだろう。

這うように逃げる衣擦れの音が聞こえる。


『おネエチゃン、本の匂イスルぅ・・・食ベタら、ボクもアタマよクナルゥ?』

「ひっ・・・」

「真心さん!!!真心さん!!!」


必死に暗がりの中、龍笛を探す。

無様でもいい、穴の開いた床材で手が切れようと必死に這って手を伸ばして探す。

攻撃方法のないこの身を、この時ばかりは呪いたくなった。


「いやよ...やめて・・・。」

ずるずると粘着質な音が響く。

それに合わせて、彼女の声が小さくなった。


「待て!!!!」

暗く所々床に穴の開いたフロアを蹴り上げるかのように葛が駆けていく。


『ヤァダヨ さァて、またライシュウをオ楽シみにイ~・・・ゼッタいミテくれヨなァ』


出入り口まで二回のジャンプでたどり着き、

二階へ続く壁を重力を無視して対角線上に跳ねて姿を消した


―――猪間 真心を捕食したまま。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【後編】
第六戦A (八、九、十一組)
場所:西地区 自然公園に近い住宅地
視点:光月 総一



「でも―――僕には」


「それしか手がないんです!」

弓を握り矢筒から矢を取り


構えた


動きを止めている異形。


今が絶好のチャンス。

狙いを定めて射ってしまえば・・・良いのに


―――力なく矢は手から滑り落ちた。


そんな最悪のタイミングで目を覚ました万里が

「総様・・・やっと...弓握れるようになったんだね。」

あの速度で、あんな角を持った異形にもろに突進を喰らったというのに、

きっと痛みで意識がぼやけているのに安心したかのようにほほ笑んだ。

その表情に自分の愚かさに気づいてしまった。


だが、遅かったのだ。

異形は駆けだして、美志に狙いを定めていた。

殺意を全身に纏い、逆立った毛は剣山のようだった。

暗がりにもわかる何かを強烈に求めるギラギラした双眸。そんな圧倒的な力に屈することなく今度こそはと矢筒から矢を手に取る。

しかし自分の気の迷いで全てが手遅れになった。


 狙いを定め構えたときには、目の前で美志さんの身体は宙を舞った。

自分を信じてくれた背中を守ることができなかった。

黒い羽織がひらりと舞い視界を遮る。


その黒が世界から光を奪ったかのように思えた。


猪は目にも止まらぬ速さで角に彼の肢体をひっかけ頑丈な壁へ突進した。

押しつぶされた衝撃で頑丈な壁に大きなひびが入る。

人の肉体が、

骨が、

内臓がつぶれ砕ける音が響いた。


異形は頭を乱雑に振り彼を落としていった。

その後はこちらへ目を向けることもなく走り去っていった。


「美志さん!・・・美志さん!!!!」

おぼつかない足取りで近づく。

美志さんが手から落とした十手は真っ二つになって持ち手の方が転がっていた。


彼までたどり着き、膝をつきせめて脈をとろうと彼の手を取る。

その手首もあらぬ方向に曲がっていた。

角に突かれ穴の開いた装束。

深緑色の着物は血をたっぷりと吸い、どす黒い色に変色していた。

止血しようと傷口を探す。


「そう ちゃん・の・・せいじゃないよ」


「え・・・」

どうしてそんな顔ができるのだろう。

恨めばいいじゃないか。

何もできない俺を――誰も許さないでくれればいいのに。

殺してくれればよかったのに。


目の前で一つの命が消えてゆく。

ふと背後から光をさえぎって、影が差す。ゆらゆらとその影は揺れていた。

背後で痛みを忘れ立ち尽くす万里も表情は見えないものの泣いていたのだろう。

「どうして、どうして...攻撃できなかったんだよ!!」

ボロボロの身体で総一の胸倉をつかむ。


「・・・・・・ごめん。」

「・・・っ!」

そんな言葉が聞きたいわけではない。

顔面に一撃、万里は総一を殴った。


その場で万里も膝をつく。

殴ったことによって、頭が冷えたのか平静をわずかに取り戻しそれ以上は殴りかかることもなかった。


新月の夜が時間の経過を取り戻す。


異形の匂いが完全に消えた住宅街の家々の窓には再び明かりが灯る。


テレビの音、一家団欒の声。

どの音も総一自身を責め立てる声にしか聞こえなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


今回のロスト・脱落者: 猪間 真心 柳 美志

怪我人:全治数週間~1か月 蝶乃 奏、美菖蒲 葛、菊大路 万里  

今回の徒花の異形:知識を得た快感 自由への疾走

無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう