進行0話

「守護者の招集」 


その日の朝も普段と変わらぬ朝だったと記録している。

猪間真心はじりじりとなるアラームを手探りで切ると、枕元になにか黒いものが落ちているのを確認し軽く悲鳴を上げた。

虫でないことを願い遠視気味の彼女は咄嗟に距離をとる。

それは1枚の花札だった。

萩に猪...

通常の花札より一回り程大きい札の裏には小さな文字で和歌があり、好奇心がそそられる。

しかし、夏の暑さと湿気で髪がまとまりにくい彼女にとっては貴重である朝の時間。

和歌に思いを馳せる時間は十分にはなかった。

髪を結び、ばたばたと支度を済ませ家を出る。

7月上旬の落花市はまだ梅雨明けもしていないため、ひどく蒸し暑い。

その日は土曜日ではあったものの、夏休み前に図書室の大掃除をと司書でもある教諭に頼まれ登校することになっていた。図書委員の彼女もそのうちのひとりだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

昼過ぎには大掃除は終わったものの、せっかくこの暑い中登校したのだからと、彼女は部活動の終了時間まで図書室を陣取っていた。

身支度を整え帰路につく頃には日はとっぷりと暮れていた。

家族からのメッセージで買い物を頼まれ自宅から遠回りする形で駅前に位置するスーパーへ向かった。買い物も済ませ20時を回っていた。最近は物騒な事件も多く5月にも真心の住む西地区の男性が行方不明になっていた。早く帰らなければ...と足早に自宅へ向かう。

駅の北側を通り、桜ノ宮神社を越えて、川沿いに歩く・・・が、いつまでたっても川が見えない。

さすがに異変に気付きふと顔を上げると桜ノ宮神社の鳥居の前に出ていた。

いつもなら高校まで戻るには15分とかからないはずだった。時計を見るとすでに21時近くで30分もこのあたりを歩いていたことになる。

日中の熱気がアスファルトに残り、夜でもこの時期はまとわりつくような湿気もあってひどく不快だ。

汗でくせ毛は額にまとわりつく。

疲労感も感じたため、少し境内のベンチで休ませてもらおうと鳥居をくぐった。

寄ってくる蚊をふりはらいながら古びてところどころ苔の生えた木製のベンチに座っていると、こんな夜遅くにも関わらず遠目にも高身長の男が連れ立って歩いてくる。

「ひょご様までいるのって何なの?運命ってやつ?てか何回も同じ道に出るのカイキゲンショーじゃん。動画とってSNSにあげちゃう?」

「オレだって、さっさと帰りたいわけ!陽子ちゃんに誤字だらけのメッセで今日この時間に来いって言われただけっスから~」

えらく身長の高い殿方が二人もいるのだわ...とぼんやり見ていると見覚えのある二人が現れた。

一人は真心の家が営む臥猪閣と取引のある酒造を持つ菊大路家の人だった。今どきの男の人といった感じで人懐っこい感じは客商売には向いていると思うが、真心の性格上、距離を未だにとってしまう相手でもあった。

「あれ真心...あれ?どうした?すっころんで足でもくじいた?それか迷子か?」

「な、なんでアナタが居るのョ!別に迷子なんかじゃ!!お子様扱いはやめてほしいのだわ!?!?!?」

もう一人"ひょご様"こと、この街でも有名な花火師でもあり御三家の松井熛炬。はとこにあたるこの明るい青年の前でもいまだに素直になれず強気で出てしまう。

とりあえず、こんな蒸し暑い屋外では熱中症になりかねないということで、桜ノ宮神社に用事のあった熛炬に連れられ社務所へ向かおうとしたが、なにやら拝殿あたりが騒がしい。

歩みを進めた三人が目にしたのは一方的になにかをまくしたてる青年と、それをいいかげんに受け流す青年だった。彼らの周りを季節外れの桜の花弁がちらちらと舞う。少し離れた位置に桜の木があるのは知っていたが、こんな7月に満開なのは異常であった。

紫髪のいかにもといった見た目の男が煙草の吸殻を乱暴に踏みつけながら、黒髪の品のある青年に乱暴な言葉づかいで噛み付いている。

「だーかーら!光月さんよお...俺らはなんでこんなところで足止めくらってるかって話!」

「まあまあ、桐月くん―――あ、待ってたよ!」

こちらに気づき手を振る黒髪の青年。桐月と呼ばれた男は三人が何をしたわけでもないのに睨みをきかせてくる。

呼ばれるままに、近づくと彼らの後ろにも何名もの若者たちが各々困惑した表情で立ちすくんでいた。

そんな11名の若者の前に現れたのは同じ落花西高校の先輩にあたる櫻宮陽子だった。

「守護者の皆様、全員揃われましたね。それでは...お名前をお呼びいたします。」

彼女は自己紹介を手短に済ませると、淡々と名前を読み上げ三人一組の組み分けになるよう指示した。

この組み分けは化け物討伐のためのチームだというが、そんな化け物だの異形などとオカルトチックなことをいうような人だと思わなかった。

「以上が組み分けになります。戦闘で欠員が出た場合は臨機応変に他の組から人員を補充して三人組をつくりますので」

「あの!櫻宮先輩!...戦闘といっても、私たち武器とか装備になるものなんて、なにも持っていません。どうしたら...っ」

大人びた印象の少女もこの異様な状況の説明に、恐怖や戸惑いは隠せなかったようだ。その後も「そもそも異形だなんて...」と戸惑いの言葉は堰を切ったように出ていた。

「六花さん、質問をありがとう。

―――そうですね、見てもらった方が早いと思いますので。今回は楓鹿文さん、蝶乃さん、猪間さんの三人にお願いするわ。・・・花札、持っていますよね?」

咄嗟に制服のスカートのポケットに無意識に手を入れると、今朝枕元に落ちていた花札が指先に触れた。

いわれるがままに裏面にある和歌を詠みあげると目の前を濃い赤紫色の花弁が横切ったように思い咄嗟にそれを掴もうと手を伸ばすと、ずっしりと重い何かが背中にのしかかるように感じた。

それはただのリュックだったが、真心は軽く悲鳴を上げて尻もちをついてしまった。

ふと陽子は拝殿の後方を振り返る。

先ほどからちらちらと季節外れの桜の花弁が舞っていた。この花弁の持ち主である桜ノ宮神社のご神木を指さし

「ああいったものを"徒花の異形"と私たちは呼んでいます。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

要約すると、このご神木である桜の木に異変の兆候が出始めたのは数年前。

このご神木に寄生虫が多くつき、駆除しようにも造園業の人や桜ノ宮神社の人が精神に異常をきたすとのことで、しばらく放置することとなった。

しかしここ1年の間に賽銭泥棒で有名な爺さんが消えただの、近所の奥様方が夜の散歩のときに幼い少女の声が聞こえるなど不穏な噂が絶えず、桜ノ宮神社の評判に傷がつく程度までひろがりを見せていた。

先月も動画投稿者として活動している少年たちが肝試しをするために訪れたようだが、絶叫しながらお互いを殴っていたところを神社関係者がとめる騒ぎにもなっていたとのことだ。

そして今日、この徒花の異形の力が満ち異形を倒すか一人犠牲にならなければ夜は明けないとのことだった。

「猪鹿蝶の組み合わせでもあるお三方は互いの精神力や攻撃力の上昇も期待できます。それに楓鹿文さんは刀の扱いにも慣れていらっしゃるでしょう。蝶乃さん、猪間さんは後方で攻撃や支援をお願いします。」

まだ顔を合わせて1時間もたっていない三人は顔を見合わせ、状況を呑み込めてはいないようだった。

「まあ..."何か"あれば医療知識がある方たちもいらっしゃいますので。」

「おい、櫻宮とやら。名家って呼ばれる俺達に危険が及ぶだけで、こんな化け物討伐なんざ、なんの見返りもねえよなあ?」

「そうでした。私としたことが説明が不足していましたね。この徒花の異形をすべて倒し切り、生き残ればどんな願いでも一つ叶えましょう。今日は非常に皆様混乱しているかと思いますので、次回の招集で願いをお聞きします。」

その言葉で目の色を変えたのは楓鹿文紅圓だった。

こんな危機的状況で身体を震わせ笑う様子に真心はぞっとした。

命を危険にさらしてでも叶えたい夢がこの男にはあるのだろう。

直前の戦略の相談の際も陽子の指示を参考に、ご神木まで5mほどのところに紅圓、そこから後方に10mの位置に奏と真心は立つ。

そんな時だった。

「この!ふわふわ舞ってるの花びらじゃないのョ!蛾じゃない!!いやっ!」

薄紅色に発光する小さな蛾は奏や真心の周りを飛び交う。真心はライターと焙烙火矢を持つ手で不器用に蛾を振り払っていた。

「猪間さん、落ち着きましょう。こいつらは舞っているだけで攻撃とかはしてきていない。」

冷静に判断する奏は龍笛を構え紅圓にも指示を飛ばしている。

刀を構えながらじりじりと距離を詰め、紅圓は幹に斬りかかる。

さすがに立派なご神木。幹も太く多少傷が入ったもののびくともしない。

ご神木に背を向け奏にお手上げだとでもいうように身振りで伝えようとした刹那

「紅圓さん!!!」

そう叫ぶ声が聞こえたときにはすでに遅く、しなるように枝が紅圓の脇腹を直撃する。

咄嗟に刀で防いだが、衝撃に転がされ口元から血がにじむ。

むっと吐き気がするような甘ったるいにおいが急激に立ち込める。

恐怖で龍笛の音がゆらぎ、紅圓に張った結界も強度は期待できない。何度も振り下ろされる根や枝の攻撃に脳震盪を起こしたようで足元がおぼつかない紅圓は脇腹を抑え地に膝をつく。

異形の攻撃は紅圓だけに留まらなかった。

淡く発光する蛾は真心へ向かって飛んで行く。

真心は立ち尽くしていた。

傍から見れば蛾に桜の花弁が彼女の周りをふわふわと舞っているようにしか、見えなかった...。

しかし真心の目に見えていたのは蛾たちが見せた幻覚だった。

どこか空中に目をさまよわせている。

「(――――あと一年)」

とある光景が彼女には見えていたのだろう。

体制を立て直しつつあった紅圓は「俺の心配はいらねえ!萩の守護者を頼む!」と気丈に振舞う。

その声ではっと奏は真心に攻撃の手が伸びてきていることに気づいた。

「猪間さん!下がってください!猪間さん!!」

悲痛な表情で叫ぶ奏、猪間の足元にはご神木の根が近づいてきていた。

それに気づくことも、奏の声も耳に入っていないのか。

「萩の守護者よ!叶えたい願い、お前にはないのか!!!そんな歳で何もなさずに死ぬのか!!」

叫ぶような紅圓の問いかけにぴくりと真心が反応する。

「うるさいのだわ...足手まといになんて嫌なのョ...」

焙烙火矢をぎゅっと握り直し、ライターで迷いなく導火線に火をつける。

「当たって砕けろなのョ!!!!」

大きく振りかぶって投げたあとは足元の根をすぐに避ける。

その後も煙玉にも同様に火をつけ、その煙で周囲を飛んでいた蛾は逃げて行った。

豹変ぶりにぽかんとした紅圓だったが最初に投げた焙烙火矢で着火したようで煙が迫っていることに気づき退避する。

奏もこのチャンスを無駄にできないと大きな結界を張る。

ご神木ごと結界で包み天面に一か所筒状の穴をあける。大きさ・複雑な形で長くは持たないが、煙突効果を利用し燃焼の力を最大に上げ、ご神木や寄生していた蛾もろとも燃やし尽くした。

煤や土埃まみれで三人は帰還した。



今回のロスト・脱落者:該当者無し

怪我人:楓鹿文 紅圓 (全治二週間程度の打撲

今回の徒花の異形:狂い咲きの桜

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